どこまでも続く暗闇に立ち尽くす私。いつからここにいたのか、この場所は何なのか、まるで見当がつかない。しかしなんとなくではあるが「自分は夢を見ている」という自覚だけはあった。妙にリアルだが夢の世界ならそのうち目も覚めるだろう。
呑気に周囲を見回していると、この暗闇よりも遥かに深い闇色の"何か"がいることに気がついた。思わず「ひっ」と情けない声を上げてしまったが、おそるおそるその"何か"に目を凝らしてみる。……影だ。顔や表情はわからないが、ハリネズミのような形をした黒い影がこちらの様子を窺うようにじっと佇んでいる。
「……あの、隣に座ってもいい?」
返事はない。そもそもこの影が私の言葉を理解しているのか、そして意思を持っているのかどうかもわからない。それでも向こうが拒絶するような素振りを見せなかったので、遠慮なく隣に座ると、影も同じように座った。
「……」
「……」
「ねえ、君さえ良ければちょっと話を聞いてもらえないかな」
とは言ってもあまり楽しい話はできないし、愚痴を聞いてもらいたいだけなんだけどね。苦笑交じりに呟く。依然として反応はない。まあどうせ私の夢だし、愚痴っても構わないか。ぽつりぽつりと仕事の愚痴や、たわいのない話を零していく。影は話を聞いている間、肯定も否定もしなかった。けれどその無反応さは逆に居心地が良く、聞き上手な影だなぁとどこか的外れなことを思ったくらいだ。
「ごめん、暗い話ばかりしちゃったね」
一通り話を終え、影の方を見た。夢だから時間の経過や概念もないけれど、結構話し込んでしまったような気がする。
「……」
「話、最後まで聞いてくれてありがとう」
「……」
「君、名前は?私は名前っていうんだけど……」
「……」
影は微動だにしない。私の話はどこまで伝わっているのだろうか。ぼんやりと観察していると、遠くで誰かの声がした。声につられて立ち上がると何かに手首を掴まれてぐらりと体が傾く。驚いて振り返れば、影がしっかりと私の手を掴んでいて。
「……僕、は」
「!」
相手が言葉を発したことに驚いたものの、黙って言葉の続きを待った。
「僕は、メフィレス。……闇の、メフィレス」
「メフィレス?」
ちゃんと名前があったんだ。メフィレス、と声に出して繰り返す。
「目が覚めたらどうせ名前は忘れているだろうけど」
先程までの無言が嘘のように、メフィレスは流暢に言葉を紡ぐ。
「君と過ごした時間、悪くなかったよ」
その一言を残し、彼の姿は煙のように掻き消えてしまった。呆然としていると辺りが眩い光に包まれていく。咄嗟にメフィレス、と手を伸ばしたけれど、私の手は虚しく空を切るだけだった。
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