給料日前はいつだってギリギリだ。気がつくと財布には僅かな小銭しか残っておらず、朝と夜の食費もろくに賄えない。なので給料日前の食事は専ら昼の給食頼みになっており、給食に生かされているといっても過言ではない。……決して自慢できるようなことではないが。
今月もいつも通り、財布のなかには小銭と、部屋の掃除中に見つけた千円のみ。例の如く給食だけで生き延びる生活を実践中だが、なぜ俺はこんな所に来てしまったのか。俺の前には全く用のないはずのコンビニがそびえ立っている。本来なら立ち寄ることのない場所なのだが、今日は美樹や郷子、広たちにアイスを奢る約束を果たせとせがまれてしまい、半ば強引に背中を押されてここまで来た。確かにアイスを奢る約束はしたが、それは俺の財布に余裕がある時に、という意味だ。断じて給料日前に奢るという意味じゃない。しかし子供たちにそんな理屈が通るはずもなく、こうしてコンビニまで連れてこられたわけだ。まあ、ここまで来てガタガタ文句を言っても現状は変わらない。可愛い生徒たちのためなら金欠も空腹も乗り越えてやろうじゃないか。
「じゃあ私はこれにしようかな」
「よし、俺はこれに決めた」
「一番高いやつにしちゃおう」
「俺はこれだな〜」
ぽいぽいとカゴに投げ入れられるアイスたち。郷子、広、美樹、克也の四人分だ。俺は買わないのかって?そんなもの買う余裕があるならとっくにカップラーメンの一個でも買っている。
「ぬーべー、私たち外で待ってるからね〜!」
「はいはい」
なんともいえぬ切ない気持ちに包まれながら、レジにカゴを置いた。さよなら、俺のポケットマネー達……。
「いらっしゃいませ……ぬーべー?」
「ん?」
聞き慣れた声に顔を上げれば、レジには名前の姿が。
「お前、どうしてここに」
「ここ、私のバイト先なの」
手際よく品物のバーコードを読み取らせながら名前は笑う。バイトをしていることは知っていたが、まさかこのコンビニだったとは。……もしかして、郷子や美樹がやたらとここに来たがっていたのは、俺と名前を会わせたかったからか。そう考えるとあいつらが学校近くのコンビニでは嫌だと言って譲らなかったのも頷ける。全く、ありがたいような、ありがた迷惑のような。
「ぬーべー、あの缶コーヒー好きだったよね?」
「ああ、好きだよ。……給料日前じゃなかったら買ったんだけどな」
「そっか」
ちょっと待ってね、と名前がレジを離れていく。その間コンビニの外から刺さる生徒たちの好奇の視線にこちらも負けじと応戦する。しかしそんなものを全く意に介さないのが俺の生徒たちであり、益々好奇の目で店内を覗いている。俺が外に出たら覚えてろよ、お前ら。
「はい、お待たせ」
袋の中を見ると、入れた覚えのないアイスと缶コーヒーが入っている。
「すまないが俺は今金欠で……」
「お金はいいよ。私の奢り」
「え?」
「午後からも仕事でしょう?頑張ってね」
「名前……!」
名前は神か仏か、はたまた天使か。目から滝のように涙が出る。
「給料入ったら必ず美味いもの食わせてやるからな!」
「あはは、期待しないで待ってる」
思わぬお恵みに涙しつつ、コンビニを出る。生徒たちにアイスの入った袋を渡しながら振り返ると、名前と目が合った。ひらひらと手を振ってくれる姿のなんと愛らしいことか。若干照れくささを感じながらも俺も手を振り返した。
「ぬーべー、名前さんにジュースのひとつでも奢ってあげたんでしょうね?」
「え、」
「仕事を頑張る彼女に差し入れなんて定番中の定番でしょ」
「い、いやあそれが……」
一番高いアイスを美味しそうに頬張る美樹の言葉に、先ほどの出来事を話す。
「嘘、信じらんな〜い!名前さんに奢ってもらっちゃったの!?」
「しかも二つもだろ?これでいいのかよ、ぬーべー」
「やっぱり名前さんには大学でもっと良い男を探すように説得したほうがいいわね」
「だな、間違いねえや」
「お前らなぁ……」
子供ならではの容赦ない言葉の豪速球にダメージを受けながら、仕事の残る学校へと向かう。すっかり軽くなった袋の中には名前が入れてくれたアイスと缶コーヒーが残っていて。数分前に見たあの笑顔を思い出し、無意識のうちに頬が緩む。
「やだ、ぬーべーったら思い出し笑いしてるわ」
「また名前さんのこと考えてんじゃねーの?」
「このだらしないにやけ顔、写真に撮って名前お姉さまに送ってあげようっと」
「こら、そんなもの送るなよ!」
「きゃー!逃げろー!」
「待て!」
真夏の炎天下、一斉に走り出す子供たちを追いかける。さっきまで鬱陶しくて仕方のなかった暑さも、今は不思議と気にならなくなっていた。
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