待ち合わせ時間にぬーべーが現れないのはよくあることだ。そしてその遅刻の理由の大半というのが幽霊や妖怪関係だった。
今回も待ち合わせ時間から既に二時間が経っているがぬーべーらしき姿は見えない。外でじっと待っているのも退屈になり近くの本屋さんに入ると、広くんと克也くんに出くわした。二人は私と目が合うと「名前さん!」と駆け寄ってきてくれた。
「こんな所で会うなんて珍しいっすね」
「そうだね。二人も本を買いに来たの?」
「俺らは立ち読みしてたとこ。今日は漫画の発売日だから」
そういえばさっきから店長のおじいさんの視線が痛い。一体彼らはいつから立ち読みをしていたのだろう。
「なあなあ、もしかして名前さん、ぬーべーを待ってるんじゃねえの?」
さっきから何度も店の外を見てるからもしかしてと思ってさ。そんな克也くんの指摘に思わず言葉に詰まってしまった。美樹ちゃんたちと同様に克也くんもなかなか鋭いらしい。うん、と小さく頷けば二人がおおっ!と盛り上がった。
「ゴホン!」
会話をする私たち三人の背後でひときわ大きな咳払いが聞こえ、三人揃って振り向けばハタキを持ったおじいさんがじっとこちらを凝視していた。なるべく声を落として話をしていたが駄目だったらしい。これ以上怒らせてしまう前に書店を出ることにした。
「広くん、克也くん、このあと時間あるかな?」
店を出るとちょうど喫茶店があったので誘ってみると、二人は元気よく二つ返事で了承してくれた。ここからならば待ち合わせ場所もよく見える。ぬーべーが来ればすぐにわかるだろう。
それから間もなくして大きなパフェが広くんの前へ、そしてコーヒーゼリーが克也くんの前に並べられた。勢いよくスプーンを口に運ぶ姿にこちらもつられて笑顔になる。
「ぬーべーのやつ、まだ来ないのか?」
「まだみたいだね」
「名前さん、よく待っていられるよな。俺だったら五分も待てねーよ」
「まあ、いつものことだから」
「前から気になってたんだけど、名前さんはぬーべーのどこが好きなんだ?」
つい先日も美樹ちゃんたちに似たような質問をされたばかりだなぁ、と思わず苦笑する。とはいえ相手は小学生の男の子。女の子ほど鋭い追及を受けることはなさそうだ。そう判断した私は曖昧な受け答えをしつつ、話題の中心を二人の学校生活へと移していく。幸いにも怪しまれることなく話題が変わり、私は二人の話を楽しく聞かせてもらうことができた。そしてデザートを食べ終えた後、二人はサッカーの約束があるからと店を去り、再び一人の時間が訪れる。待ち合わせ場所を眺めてみても相変わらず誰の姿もない。ぬーべーを待ち始めて、既に三時間が経とうとしていた。鞄から文庫本を取り出し、栞を挟んでいる箇所を開く。今日はいつ頃来るかな。念のため、もう一度向こうを確認して、私は本の世界へと足を踏み入れた。
物語もいよいよ終盤にさしかかり、頁を捲る指先にも力が入る。ふと外を見ると、真上にあったはずの太陽は西に傾き始めていた。そろそろ外で待っていようかな。三人分の会計を済ませ、喫茶店をあとにした。
待ち合わせ場所にあるベンチで読書を始めて数十分、ようやくぬーべーの姿が見えた。急いでこちらへ向かって来てくれているようで、凄い速さで近づいてくる。そういえば運動神経抜群だったっけ、ぬーべー。もうここまで遅れているのだから、いっそ歩いてきてもいいような気もするのだけれど、そこで走ってきてくれるのが鵺野鳴介という男なのだ。
「すまない、出かける直前に急な除霊があって」
「うん、お疲れ様」
ぬーべーはぜえぜえと息を切らし、汗だくになっている。きっと私に気を遣って全力で走ってきてくれたのだろう。肩で息をするぬーべーをベンチに座らせて、近くの自販機でスポーツ飲料水を買って手渡した。
「少し前に広くんと克也くんに会ったよ。いい子たちだね」
「ああ、俺の自慢の生徒たちだからな」
飲料水を一気に飲み干し、汗を拭いながら笑う。夕陽に照らされる爽やかな笑顔が眩しい。今日も無事に来てくれて良かった。今、彼に対して思うのはそれだけだ。
「……どうした? 何か俺の顔についてるか?」
「ううん、今日も私の好きな人はかっこいいなぁって思っただけ」
「かっ……!」
「ほら行こう、今ならまだ映画やってるよ」
顔を赤らめ、口をぱくぱくさせているぬーべーの手を引いて歩き出す。なんといっても今日はずっと見たかったホラー映画の公開日なのだ。足取りも普段より遥かに軽くなってしまうのも仕方がない。
「楽しみだな、映画」
どこかぎこちなく、ぬーべーの指が絡められる。それに応えるように私も手を握り返し、夕暮れに染まる町を歩く。彼が隣で笑っていてくれる。きっとこれ以上の幸せは他では見つけられない。傍にいられる幸せを噛みしめながら、そっとぬーべーに寄りかかった。
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