現在地、丹波さんの腹の上。どう考えても六十代とは思えない鍛え抜かれた腹筋に無遠慮に頭を乗せて寝転がっている。こうして頭を乗せて寝ていても丹波さんは怒らない。昔からの習慣ゆえに慣れてしまったのか、はたまた私がここ以外で熟睡できないことを知っているからなのか、その理由はわからない。
私は元々この里の生まれではなく、孤児だった。丹波さんに拾われた私にとって、彼は父親のような存在であり忍の師でもあった。そして昔から不眠気味だった私の唯一の安眠方法というのが丹波さんの腹を枕代わりにして横になることだった。周囲の人間はあれこれと文句を漏らすけれど枕にされている丹波さんが何も言わないので私はそれに甘えさせてもらっている。
「丹波さんが六十代だったなんて知りませんでした」
「……」
「若さを保つ秘訣とかあるんですか」
「……寝ないなら退いてもらうよ」
「寝ますおやすみなさい」
少しくらい話に付き合ってくれてもいいのに。声には出さずムッと口を尖らせる。もっとコミュニケーションとりたいです、丹波さん。
「わっ」
ごちゃごちゃと脳内で不満を垂れていると丹波さんの大きな手が乱暴に頭を撫でてきた。これは考え事してるのバレてるな。丹波さんの機嫌を損ねることはなるべく避けたいのですぐに考えることをやめた。
「……?」
頭の下に違和感を感じて目を開けると、こちらを見下ろす特徴的な下睫毛が視界に飛び込んできた。
「丹波さん下睫毛が伸びてますよ。植毛されたんですか」
「よほど俺に殺されたいらしいな」
「なんだ海臣か」
「目が覚めたならさっさと起きろ。丹波さんが言うから仕方なく膝を貸してやったんだ」
「膝? え、海臣の膝枕で寝てたの私」
「ああ、アホ面晒して爆睡してた」
「丹波さんは?」
「協議」
「もうそんな時間だったの」
海臣は目元だけで充分わかるほどに不機嫌だった。踏みつけられる前にサッと膝元から起き上がる。しばらく眠っていたせいか、辺りは眠る前よりもずっと闇が深くなっていた。
「名前」
「なに」
「口元の涎の跡どうにかしておけよ」
「えっ、どこ!? 丹波さんに見られちゃったかな? 恥ずかしすぎる……」
「……」
「ねえ、跡消えた? 大丈夫?」
「……」
「聞いてる? 海臣ってば!」
「どうかしましたか」
「桜花ちゃん! 海臣が涎の跡がついてるって言うんだけど、自分じゃ見えなくて困ってるの」
「? そんな跡、どこにもないですけど……」
「えっ」
「ふっ、」
「その様子ではまた騙されたようですね、名前さん」
「か、海臣お前……! もう今日という今日は許さん! 敵より先にお前を消してやる」
「どう考えても騙されるほうが悪いだろ」
「何だとこの下睫毛オラッ!」
「私を挟んで喧嘩しないでください」
prev next