早朝に勝手場へ向かうと、見知らぬ後ろ姿が目に飛び込んできた。兄の芭恋でも、姉の阿国でもない。知らない背中だ。そうっと覗きこむように室内を伺っていると、私の気配に気がついたのかその人が振り返った。
「……どちらさまで?」
こんな時間から我が家の勝手場でどうして食事の支度をしているのだろう。確か昨夜、阿国姉さんが「へいくわい者が来たのよ」と言っていたけれど、それはもしかしてこの人のことだろうか。
「申し遅れた。俺は石田佐吉。髑髏鬼灯を頂けるまで、しばらくこちらで世話になるつもりだ」
「は、はぁ……、私は、曇名前。曇家の末っ子です」
「双子の妹だな。宜しく頼む」
「こちらこそ……?」
礼儀正しい彼に圧倒されながら自己紹介と挨拶を済ませる。石田さんは私の正体が分かって納得したのか、再びてきぱきと食事の用意を進めていく。
「あの、石田さん」
「何だ」
「食事の用意なら私がしますから、のんびりしていてください。お客様にそのようなことさせられません」
「気遣いは無用だ。しばらく世話になる身だ。これぐらい当然のことだろう」
「……でも、」
「それより顔色が悪いようだが……」
避ける間もなく、私の額に石田さんの額がくっつけられた。え、なに、どうして。こんなに誰かと近づくことなど家族以外では初めてで、どんどん顔が熱くなっていく。
「熱があるな」
真っ赤な私を見て石田さんが呟いた。なるほど、彼は熱があるか確かめてくれていたのか。それにしても一言くらい声をかけてくれても……。
「部屋はどこだ? 朝食ができたら持って行く」
「私なら平気ですよ」
「駄目だ。いいから今は部屋に戻って大人しく寝ていろ」
「でも」
「部屋に戻れ」
「……はい」
結局、石田さんに言われるがまま、すごすごと部屋に戻ることにした。本当に任せてしまって良かったのだろうか。でも、きっとあのまま勝手場にいても彼は私が手伝うことを許してはくれなかっただろう。私は元々身体が弱く、今も熱があるのは本当だ。でもこんなことは日常茶飯事だし、朝食の支度くらいならできるのに。
「……はぁ」
脳内では先ほどの石田さんの行動が繰り返し浮かんでいる。何気なく額に手をあてれば、まだ彼のぬくもりが残っているような気がして、また顔が熱くなった。だめだ、何を考えているの。
「おはよ、名前」
「芭恋兄さん、おはよう」
「顔が赤いけど大丈夫か? また熱が上がってきたのか?」
「だ、大丈夫だよ。こんなの寝たらすぐ治るから」
「そうか。無理するなよ」
優しく頭を撫でられて自然と頬が緩む。嘘をつくのが下手な自覚はあるので兄さんに何か言われる前に部屋に戻らせてもらうことにした。その後、石田さんが本当に部屋に食事を持ってきてくれたせいでしばらく私の熱が下がらなかったのは言うまでもない。
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