職場と家と本丸を行き来する生活を続けて、もう一年近くになる。最初は大変だったけれど、一年経った今ではこの暮らしにも随分慣れたように思う。とはいえ慣れたからといって疲れを感じなくなるわけじゃない。夜までは職場で仕事、夜や休日は本丸で仕事という繰り返しに疲れがたまっていた。
「しばらくどこか遠くでゆっくりしたいなぁ……」
できれば知り合いのいない場所がいい。会社の人も、本丸の子たちも、友達も、家族も、誰にも会わなくて済む場所。そこで気が済むまで一人で過ごせたらどれだけ楽だろう。会社の上司の顔色を伺うこともなく、理不尽なクレーマーにペコペコする必要もない場所。本丸を空けることになってしまうのは心苦しいけど、頼りになる男士ばかりだから問題ないだろう。ああ、どこか遠くへ一人旅がしたい。
「わっ!」
背後からにゅうっと現れた手に視界が覆い隠された。
「ぼくがとおくにつれていってあげましょうか」
「今剣?」
「そこならあるじさまをくるしめるものはなにもありませんよ。きっとあるじさまもきにいるとおもいます」
「そんな素敵な場所があるの? 一度行ってみたいな」
少しの沈黙が続いて、パッと私の目から手が離れていく。後ろを振り返れば、今剣はいつも通りの可愛らしい笑顔を浮かべていて。
「それじゃあ、いまからいきますか?」
「えっ、ここから近いの?」
「ぼくといっしょなら、すぐにいけますよ」
この近辺にそんな場所があったんだと今剣に手を引かれながら考える。本丸の近くといえば、万事屋のある小さな町くらいしか思いつかないけど。
「あ!」
「どうしたの?」
少し歩いたところで、今剣がくるりと振り返った。
「いいわすれていましたが、いまからいくばしょへいけば、あるじさまは、にどとげんせにはもどれなくなりますからね」
「え、」
「でも、ほんまるにはちゃんともどってこられますから、しんぱいしなくていいですよ」
「ちょ、ちょっと待って。現世に戻れなくなるのは困るんだけど」
「じゃあ、きょうはやめておきますか?」
「うん、せっかく誘ってくれたのにごめんね」
「いいですよ。それじゃあ、いきたくなったら、ぼくにいってくださいね」
とりあえず現世に帰れなくなる事態は回避できたみたいだ。それにしても今剣が言い忘れていなかったら私はこのままどこへ連れて行かれたんだろう。
「あるじさま、あるじさま」
「どうしたの」
「あるじさまをくるしめるものは、ぼくがぜーんぶやっつけてあげますからね!」
今剣はふふふ、と笑って私の手を握る力を強めた。それはまるで言外に「逃がさない」と伝えられたような気がして。ありがとう、と小さく返事をすることしかできなかった。
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