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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

 ウタさんと話をしていたドナートが去っていく。その後ろ姿を少しだけ目で追った。あの人は苦手だ。できればあまり関わりたくない。姿が見えなくなるのを確認して、ウタさんに視線を戻す。彼はまだそこに座って、眼下に広がる街を眺めていた。

「名前、いるんでしょ」
「……ウタさん」
「どこから見てたの?」

 一応隠れていたつもりだったのだけど、普通にバレていたらしい。それもそうか。ウタさんのほうが私なんかよりずっと上手だから。

「ウタさんがQsに刺される少し前から」
「おいで」

 呼ばれるがまま彼の足の間に座った。ぶらりと下ろした足が空を泳ぐ。ここから落ちたら着地するのが大変そうだ。少しだけ身震いする。

「もう慌てないんだね」

 僕が襲われるところ、見てたんでしょ。なんでもないような顔でウタさんは言う。彼の言うように、私は一部始終を見ていた。CCGのQs、随分と頭のネジが外れた人間もいたものだ。ウタさんを滅多刺しにして愉しむ姿は、私の知っている人間の姿ではなかった。あれではどちらが獣かわからない。

「慣れたから」
「昔は"死なないで"って泣いてたのに」

 出会って間もない頃は彼が闘うたびに不安でよく泣いた。どう見ても致命傷の攻撃を顔面にくらったときはもう死んだと思った。でも私の心配をよそに彼は、けろっとした顔で毎回「やぁ」と帰ってくる。毎度のことながら、とんでもない回復力だ。

「慣れたけど……心配はしてるよ」

 慣れていても不安が消えたわけじゃない。もしかしたら次は本当に死ぬかもしれないと思うことも当然ある。私たちの「生」はいつだって「死」と隣り合わせだから。

「そうなの?」
「そうだよ」
「よしよし」

 ウタさんが優しく私の頭を撫でる。もう片方の手もしっかりと私の身体を抱き込んでいて、ちょっと苦しいくらいだ。

「またそうやって子ども扱いする……」
「子ども扱いなんかしてないよ。ぼくが名前を可愛がりたいだけ」
「……じゃあ大人しく可愛がられてる」
「いいこ」

 あちこちで闘う音がする。今この瞬間も誰かと誰かが命を奪い合っている。それなのにウタさんの傍に漂う空気は穏やかで、なんだか変な気分になる。近くで殺し合いが起こっているなんて嘘みたいだ。
 
 私は愉しいことが好き。面白いことも好き。だからピエロに身を置いているし、ここにいる。でもウタさんとのんびり過ごす時間もそれと同じくらい好きだから、今の時間が永遠に続けばいいとも思ってる。ロマやイトリちゃんに知られたら「それじゃあつまらない」と言われるのがオチだから、絶対に口には出さないけど。

「何考えてるの?」
「ウタさんのこと」
「そう」
「……痛っ、」

 左耳に痛みと熱が広がった。なんで今噛んだの、と問うが返事はない。本気で噛んだわけじゃないにしても、想像していなかった痛みに体が強張る。身じろぎする私を捕まえたまま、ウタさんの舌先は噛んだ箇所をなぞっていく。

「店に戻ったらピアス開けない?」
「突然だね」
「いいデザインが浮かんだから……名前に似合うと思う」
「じゃあ考えとく」

 ウタさんの考えることはよくわからない。突拍子もないことが多いし、一生かけても彼を完全に理解するのは不可能だろう。だけどウタさんの傍で過ごす日々が楽しいことだけはわかるから、私はきっと死ぬまで離れられそうにない。


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