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これの続き

 暗闇が広がる。前も後ろもわからず闇雲に手探りで進む。何を探していたのだろう。どうしてここにいるのだろう。

「    」

 誰かの声がする。聞き慣れた甘いそれを、私は知っている。声のする方へ走れば大好きな彼女の後ろ姿が見えた。待って、行かないで。必死に手を伸ばすけれど、背後から現れた黒い手が私を掴む。口を塞がれて声が出ない。嫌だ、離して、誰か。



「リゼちゃん!」

 天井に向かって伸ばしている自分の手が見えて、先ほどまでの光景が夢であることを瞬時に理解した。リゼちゃんが姿を見せなくなって、もう二か月になる。未だに連絡もなく、帰ってくる気配もない。起きた瞬間から押し寄せてくる現実に涙が滲んだ。

「名前さん?」
「……ウタさん」

 目を覚ました私の傍にはリゼちゃんではなくウタさんがいる。例の事故現場で会って以来、私は彼の部屋で多くの時間を過ごすようになっていた。どういうわけか、喰種に襲われる回数が増えてしまったせいだ。

 その日も路地裏で襲われかけていたところをウタさんに救われた。彼が倒した喰種の返り血を浴びて固まっていると「リゼさんが帰って来るまで、ぼくのところにおいでよ」と提案された。つい数分前まで殺されかけていたという異質な状況に冷静さを失っていたこともあり、私は恋人とも友人ともつかない彼の所へ身を寄せることを安易に決めてしまったのだ。それが正しい判断だったのかどうか今もわからない。

「泣いてるの?」
「……」

 泣き顔を見られたくなくて、俯いて目を擦る。こんな情けない姿、誰にも見られたくない。

「目、擦っちゃダメだよ」
「……っ」

 そっと。でも抵抗できないくらいの強さで、ウタさんが顔を隠す私の手を退けた。鼓動が早くなる。考える間もなく距離が縮まって、反射的に目を瞑れば頬にあたたかい何かが触れた。涙の跡を辿るように這う"それ"が彼の舌だと思い至るまで、あまり時間はかからなかった。

「や、ウタさん……!」

 ふと冷蔵庫に保存されていた目玉を思い出す。このまま食べられてしまうのではないかと血の気が引いた。「名前さんは食べないよ」と言われてはいるけれど、それでも最悪の状況を思い浮かべてしまう。

「……ん、ごちそうさま」

 涙だけで満足したのか、ウタさんが離れていく。ほう、と息を吐き出した。一緒に生活するようになって気づいたけれど、彼は結構スキンシップが多い。距離感もまるで恋人同士のそれと錯覚するほどに近い。だけど不思議と本気で拒絶する気にはなれなかった。彼の持つ独特の空気感がそうさせているのかもしれない。
「大丈夫、リゼさんには言わないよ」

 ウタさんが腕を広げて「おいで」と誘う。それは弱った心に甘く響いて、私を誘惑する。おずおずと腕の中に収まると、いいこだねと優しい声音で囁かれた。

 今の私を知ったらリゼちゃんは怒るかな。それとも、いつもみたいに笑ってくれるだろうか。いくら考えても答えは出なくてウタさんが与えてくれる安息に縋りついた。




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