リゼちゃんが家を出て数日が経った。おかしい。今までだって家を空けることはあったけれど何日も帰ってこないのは初めてだった。連泊するにしても、リゼちゃんは大抵私のいる時間にふらりと顔を出して、その旨を伝えてからまた家を出ていた。だからこんなふうに何日も連絡がない状態は経験がなくて、嫌な想像ばかり浮かんでしまう。
ただの考えすぎかもしれない。私が彼女に飽きられて、捨てられただけかもしれない。その可能性だって考えてないわけじゃない。でも、リゼちゃんが家を出た次の日に飛び込んできた事故のニュース。もしかしたら、と思ってしまった。被害者は若い男性と女性の二人だと聞いた。それがリゼちゃんと、金木さんだとしたら。そこまで考えて、いてもたってもいられなくなった私は部屋を飛び出していた。
「……リゼちゃん」
例の事故現場にやって来たものの、特にこれといった発見はない。まあ、当然か。事故の手がかりになりそうなものはとっくに警察が片づけてしまっているだろう。そもそも本当に事故に遭ったのがリゼちゃんだったのかどうかも疑わしいのだ。タイミングが重なっただけで、彼女とは無関係の出来事だったのかもしれないし。
「どこ、行っちゃったの」
ぽたり。コンクリートの地面に涙が落ちる。どうして帰って来てくれないの。今、どこにいるの。帰ってきたら一緒に映画を観ようって約束してたのに。立っていられなくてその場に屈んだ。会いたい。早く帰ってきて、リゼちゃん。
「……ねえ、君。リゼさんと一緒にいた子?」
「あなた、は」
聞き覚えのない声に振り返る。目立つタトゥーにピアス、パンキッシュな服装。一度見たら到底忘れられないその風貌。リゼちゃんと街で買い物をしていたときに一度だけ見かけたことがあった人。特に会話をするようなことはなかったけれど、彼の姿は私の目に鮮明に焼き付いていた。
「やっぱりそうだ。前に街ですれ違った子だね」
「あ、あの」
「うん?」
「リゼちゃんがどこにいるか知りませんか。私、ずっと探してて」
私は彼女の交友関係を何も知らない。そんな話をされたこともなければ、私自身も詮索しようとしなかったから。だからリゼちゃんを知っている人物に出会えたことが救いのように思えて、目の前の彼に詰め寄った。
「知りたいならついておいで。ぼくが知ってることなら教えてあげる」
僅かに考える素振りを見せて、男性はどこかへ歩き出す。ついていってもいいのだろうか。リゼちゃんの知り合いということは彼も喰種かもしれない。でもこの機会を逃してしまえば、次にいつ手がかりが得られるかわからない。
「……」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。いきなり襲って食べたりしないから」
心配ならそのあたりの喫茶店にでも入ろうか。その外見とは裏腹に彼の声音は極めて穏やかだった。今は自分の勘を信じるしか、ない。
「ごゆっくりどうぞ」
私と彼の前にコーヒーが並んだ。彼は本当に近場にあった喫茶店に立ち寄って、こうして私と向かい合って座っている。
「君は……あの工事現場に何か心あたりでもあったのかな」
どうやって話を切り出そうか悩んでいると、彼の方が先に口を開いた。
「……少しだけ」
「酷なことを言うようだけど、おそらくは君の想像通りだよ」
「それ、は」
「ぼくも事故に遭ったのはリゼさんだと思ってる」
「え、……じゃあ、でも、そんな」
「とはいえ確実に死んだとも言い切れなくてさ。まだ死体は見つかってないようだし」
「死体……」
そこからの記憶は酷く曖昧で覚えていない。あの事故の被害者はリゼちゃんで間違いがない。だけど生死はわからないままだという。でも、もし生きているのならリゼちゃんはあの家に帰ってくるはずだ。そうしないということは動けない状態にあるのか、それとも、もう。
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