「師匠、あそこにいるの名前さんじゃないですか?」
依頼の帰りに立ち寄ったスーパーでレジに立つ名前を見つけた。見つからないように少し離れた場所から様子を窺う。そういやスーパーでバイトをするとは聞いてたが、どこの店舗かは聞いてなかったな。ここだったのか。
「いらっしゃいませ、こんにちは」
入社して日が浅いからか、名前の傍にはベテランのマダム店員がついている。見たところ、レジで商品をスキャンする練習をしているようだ。
「名前さん凄く笑顔ですね」
「ああ、仕事中のあいつの猫かぶりは尋常じゃないからな」
事務所では見せないような笑顔をこれでもかと振り撒いている。声のトーンも普段よりずっと高いし、声もしっかり張っている。こうして見ると別人のようにすら思えてくる。まあ、相当無理してるんだろうけどな。
「帰るぞモブ」
名前はバイト中の姿を見られることを嫌う。本人曰く「恥ずかしいから見つけても絶対に無視して」とのことだ。別に今すぐここで買い物しなきゃならないわけじゃないし、もう少し先にあるコンビニにでも寄ればいいか。俺たちは声をかけることはせず、そのまま店を出た。
事務所の窓から茜色が差し込み始めた頃、そろりとドアが開いた。
「……戻りました」
昼間の笑顔は見る影もなく、光を失った暗い瞳が俺を見る。相当疲れてるな、これは。
「おつかれさん」
「………はい」
名前は鞄を投げ、ソファへ飛び込む。いつものようにうつ伏せに寝転がると、ぐすぐすと鼻をすすっていた。
「今日はどうした」
「……キャパオーバーしただけです」
今にも消えてしまいそうな小さな声が届く。
「そうか。よく頑張ったな」
「……うう、霊幻さん、人間やめたい」
どんどん声が震え、涙声に変わっていく。俺は近くにあった座椅子を手に取り、ソファの横へ置いた。どっかりと腰かけ、名前を眺める。
「そうかそうか」
「花や雑草としてこの世に生まれたかった」
「辛かったな」
手を伸ばし、何度も頭を撫でる。びくりと驚いた様子を見せたものの、名前は抵抗することもなく大人しく撫でられていた。
それからどれくらい時間が経っただろう。いつの間にか鼻をすする音も止み、今度は代わりにすうすうと寝息が聞こえてきた。まったく、忙しい奴だ。
今日は確かバイトを初めて三日目だったか。名前は自分を「我慢のできないダメ人間だ」と言うが俺はそうは思わない。続かないにしても、めげずに次々と挑戦していくことは決して簡単なことじゃないからだ。それができない人間だって世の中にはいくらでもいる。泣き言を言いながらも一歩を踏み出そうとしているお前は、自分が思っているよりもずっと凄いんだぜ。
「もうちょっと自分を褒めてやれよ、名前」
近くに置いてあった名前用のブランケットを掛けてやり、俺は名前が起きるまで修正中……ではなく除霊中であった心霊写真の作業に取りかかることにした。
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