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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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 救いが欲しい。圧倒的な存在に依存して救われたい。連日の出勤でぼろぼろになった体を引きずりながら家路を急いでいると、目の前に妙な被り物をした女性が現れた。避けて進もうとしても行く手を阻むように立ち塞がってくる。

「あなた、救われたいと思っていませんか?」
「間に合ってます」
「今、生きるのが辛くはありませんか?」
「……」
「その苦しみから解放される方法を、知りたくはありませんか?」
「……それは、まあ」
「そうでしょう、そうでしょう。見学だけでも構いませんので、いかがですか? 気に入らなければすぐお帰りいただいて結構ですから」

 救われたいのは事実だ。自分で考えて生きるのが面倒だから、出来ることなら思考を放棄して楽になりたいと思う。だけどその信仰対象は何でもいいわけじゃないし、こんな道端で勧誘してくるような得体の知れないものはお断りだ。それでも疲労でぼんやりした頭が「少しだけ覗いて帰ればいいんじゃない」と語りかけてくる。うーん、どうしよう。覗いてみたい気がしなくもない。

「今見学していただくと箱ティッシュとラップを差し上げますよ」
「行きます」

 そういえばティッシュなくなってたし丁度いいや。貰うついでに教祖様とやらの顔を拝んでみるとしよう。物と好奇心に釣られ、女性の後ろをついて行くことにした。



 集会所に入るや否や、私とモブくん、知らない女の子とおじさんが「新たな仲間」としてステージに立たされることになった。

「モブくんも来てたんだ」
「名前さんはどうしてここに?」
「ちょうどティッシュ切らしてたから」

 ティッシュ……?と首を傾げるモブくん。その仕草が可愛くて癒されていると、信者の方々が一斉に声を上げ始めた。いよいよ教祖のエクボ様が来たらしい。胡散臭い雰囲気を感じながら、いつになればティッシュとラップが貰えるんだろうとそればかり考えていた。


「あっはっはっは!こりゃあ気分がいいな!」

 目の前で強制的にスマイルマスクを被らされたおじさんと女の子が笑っている。私も明るい気分になれるだろうかと期待して被ってみるが、特に変化はない。強いて言うなら息苦しい。というより暑いしもう取ってもいいだろうか。。しかも眠くなってきた。慣れない肉体労働が続いたせいだろう。私の意思とは裏腹に周囲の喧噪が遠ざかっていく。この時ばかりは立ったまま眠れるという自分の特技を恨めしく思った。



「……名前さん、起きてください」
「……!」

 モブくんの声に引きずられるようにして意識が浮上する。いつ取ったのか、あの暑苦しいマスクも外れていた。

「あれ? こんなに建物ぼろぼろだった?」

 どういうわけか、私はコンクリートの壁にもたれかかるようにして座らされていた。あたりを見回すとあちこちが酷く破壊されている。多くの人が倒れているし、寝ている間に何があったのだろう。

「モブくん、これは」
「……話すと長くなるので、帰りながら説明します」

 差し伸べられた手を握って立ち上がる。眠ったせいでエクボ様の話はほぼ聞けなかった。でもそのおかげで気分もすっきりしたし、結果オーライかもしれない。

「あっ」
「どうかしましたか」
「箱ティッシュとラップ貰うの忘れた」


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