やっとバイトが終わった。疲労感と筋肉痛が酷く、家までの距離が無限にも続くように思える。遠い。もう歩きたくない。足を引きずるようにして一歩ずつ進んでいく。
「疲れた……」
「おう。お疲れさん」
俯く視線の先に、見慣れた靴の爪先が見えて顔を上げた。
「霊幻さん?うわ幻覚まで見えてきた」
「誰が幻覚だ。本物だぞ」
ほら、と差し出された手を恐る恐る触ってみる。触った感触はちゃんとある。よかった、幻覚じゃなかった。
「ほんとだ。仕事はどうしたんですか」
「今日は昼休みが一時間遅いんだよ。近くまで来たからついでにお前の様子も見に来たってわけだ」
「……それはそれは」
一時間遅いとは言われたものの、今はもう夕方の四時だ。一時間どころか、かなり遅めの昼休みになる。もしかして心配してきてくれたのかな、なんて私の考えすぎだろうか。
「そこで何か飲んでくか」
彼の視線の先には個人経営の小さな喫茶店があった。ずっと気になってはいたものの、そのまま行けていなかったお店だ。
「ラーメンじゃないなんて珍しいですね」
「ラーメンがいいならラーメン屋でもいいが」
「すみません今食べたら絶対吐くので」
バイトが終わった後だというのに胃痛と吐き気はまだ続いている。家にいる間もずっとこうだ。明日働かなければならないと思うだけで全身が緊張して、胃が痛くて落ち着かなくなる。
「どうせ朝から何も食ってねーんだろ。とりあえず水分とっとけ」
「……ありがとうございます」
そこまでお見通しだったとは。まあ、働くたびに食欲が失せるのはいつものことだから、多分以前の私の様子を覚えていてくれたのだろう。私の歩幅に合わせてゆっくりと隣を歩く霊幻さんから、かすかに煙草の匂いがした。本当に霊幻さんがここにいるんだ、と今さらながら実感がわいてくる。嗅ぎ慣れた匂いに実家のような安心感を覚え、無性に泣きそうになった。
「ん、どうした。何か嫌なことでもあったのか」
「いえ、霊幻さんがいてくれてよかったなって思っただけです」
「……、そうか」
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