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「#甘甘」のBL小説を読む
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 秋というと「食欲の秋」「芸術の秋」「スポーツの秋」あたりの言葉を思い出すけれど、今の私の頭にあるのは「落ち込みの秋」だ。季節そのものは好きでも、この時期はメンタルに優しくない。あっという間に外が暗くなってしまうし、気候や気圧も不安定になりやすい。そうなるとどうしようもなく脆い私のメンタルが少なからず影響を受けるわけで、何もなくても落ち込んでしまう。
 今日も今日とて気分が重い。何をする気にもならない。せっかくの休日なのにベッドの中で延々と時間を浪費している。このまま一日中ベッドで過ごすことになってしまうのだろうか。動きたくはないけれど、時間を無駄にしてしまうのもいやだ。でもやりたいこともない。まずい。このままだとまた負の堂々巡りが始まってしまう。


 なんとかベッドを這い出し、身支度を整えながら今日はどうしようと頭を悩ませているとインターホンが鳴った。頼んでいた荷物が届いたのだろうかと思ったけれど、ドアの向こうにいたのは霊幻さんだった。今日はスーツじゃなく私服を着ていて「今、上がっても大丈夫か?」と聞かれたので、断る理由もなかった私はそのまま部屋へ上がってもらった。

「今日は相談所お休みですか?」
「ああ、今日は休みだ。日曜だしな」
「え、今日って日曜でしたっけ」
「相変らず曜日感覚が死んでるな」
「そうですね……曜日というか"バイトがある日"と"バイトがない日"でしか日常を区別できていないので」

 先日出したばかりのこたつに入り、霊幻さんが持ってきてくれた豆乳をありがたく頂いた。ちなみに調整豆乳ではなくバナナ豆乳だった。いつもはコーヒーや紅茶を持ってきてくれることが多いのに、豆乳なんて珍しい。

「最近調子はどうだ?」
「正直いまいちですね。気分も重いし憂鬱です」
「今の季節は特に落ち込みやすいからな。それ飲んだら、少し外に出てみないか」
「どこか行くんですか?」
「いや、特に目的地は決めてない。まあ強いて言うなら歩くことが目的だな」
「なるほど……?」

 今日は幸いにも天気が良いし、たしかに散歩にはもってこいだ。どうせ予定もなかったし、外に出るいいきっかけかもしれない。



「今気づいたんですけど」
「どうした?」

 散歩を始めてしばらく経った。普段は自転車移動なので、これほどの距離を歩いたのは久しぶりだ。あんなに冷えていた体も今は少し暑いくらい。運動って凄い。

「もしかしてセロトニン作るの手伝ってくれてます?」

 そう。よく考えたらバナナ豆乳の差し入れといい、昼間の散歩兼日光浴といい、セロトニンを増やす方法として挙げられているものばかりだ。

「そこに気がつくとはさすがだな。一日で爆発的に効果が出ることはないだろうが、しないよりはいいだろう」
「ありがとうございます。朝より元気出ました」

 あのまま一人で家にこもっていたら「何もできないまま一日が終わってしまった」と間違いなく後悔していただろう。こうして連れ出してくれた霊幻さんには感謝しなくては。

「気にするな。俺も運動不足を解消したいところだったんだ」
「あの、付き合ってくれたお礼に何か奢ります。バイト代入ったばかりですし」
「そうか? それじゃあラーメンでも食って帰るか」
「はい」
 
 いつまでも霊幻さんに甘えていては駄目だと思いながらも、私は彼の優しさに助けられてばかりいる。いくら返しても足りないくらいだろうけど、いつかはちゃんと恩を返したい。

「今すぐには難しいですけど、いつか必ず恩返ししますね」
「別に気にしなくていいって言ってんだろ。……あ、それじゃあ煮卵のトッピング追加してもいい?」
「どうぞ」

 うん、いきなり全ての恩を返すのは無理だから少しずつ返して行こう。そう、まずは煮卵から。

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