カーテンを開くとどんよりとした曇り空が広がっていた。眺めているこっちの気分まで落ち込んでくる。テーブル上の時計を無造作に掴めば、時刻はとうに夕方の四時を回っていた。一日中眠りこけていたらしい。何をしようかと考える暇もなく、今日という一日が終わっていく。絶賛無職期間中のため仕事もなければ予定もない。もう一度目を閉じて朝まで眠ってしまおうかと思った矢先、インターホンが鳴った。またどこかの怪しげな宗教勧誘だったら嫌だなぁ。来客の正体を確かめるため、重い足取りでドアスコープへ近づいた。
「名前さん、ちゃんと食べてますか」
「うん、大丈夫だよ」
お土産に持ってきてくれたケーキをフォークでつつきながら答える。ドアの向こうにいたのは宗教勧誘ではなく影山律くんだった。気を遣わないでほしいと何度も伝えているのに、彼が家に来るときには何かしらの手土産を持ってきてくれている。せめてものお返しに、私も我が家で一番上等な茶葉を使ってお茶を淹れた。
「最後に食べたのいつですか」
「昨日の……、朝かな」
「今何時かわかってますか」
「四時だね」
「ちゃんと食べてください。また倒れたらどうするんですか」
「今食べたから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃありません」
律くんには調子が悪くて道端で動けなくなっていたところを助けてもらった経緯がある。再就職活動中のストレスでメンタルと胃がやられていた時だ。当時はまだ彼がモブくんの弟だとは知らなかったっけ。
「そういえば名前さんって、霊幻さんとどういう関係なんですか」
「えっ、知り合い……というか友達……でもないか」
想像もしていなかった質問に面食らってしまう。ちゃんと考えたことがなかったけれど、私と霊幻さんってどういう関係なんだろう。知り合いよりは踏み込んだ付き合いをしているけど、友達というのもまた違う気がする。かといって恋人とかそういう甘い関係とも違う。一番近いのは「命の恩人」だけど、それは中学生の律くんに話すような内容でもないし、説明が難しい。
「率直に聞きます。二人は付き合ってるんですか」
「!?」
飲みかけていたお茶が器官に飛び込んでくる。ごほごほと咳き込んでいると律くんが背中をさすってくれた。
「つ、付き合ってないから。全然そんな関係じゃないよ」
「そう、ですか」
もしかして恋の話がしたかったのだろうか。中学生といえば色々と多感な時期だもんね。
「律くんは?学校に好きな子とかいるの?」
そう問いかければ律くんは少しだけ動きを止める。しかしすぐに何事もなかったように「秘密です」と表情を和らげた。恋の話はそれっきりで、あとは学校生活や生徒会、それからモブくんの話を聞かせてくれるばかりだった。
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