今回の私のマスターは男が苦手らしい。
本人にもその自覚はあるようで、苦手意識を克服しようとしているけれど、そう簡単にはいかないのが現実だ。男性サーヴァントや職員に対してびくびくしている姿は、カルデア内でよく見られる光景のひとつだった。
「……っ、あ、あの」
噂をすれば、曲がり角を曲がったところで名前が尻餅をついているのが見えた。転んだのかと思えば、彼女の前に黒髭の姿を見つけて納得する。おそらくあの大男に驚いて転んでしまったのだろう。助け舟を出そうかとも迷ったけれど、少しだけ様子を見ようと身を潜めることにした。
「大丈夫でござるか、マスター」
「だっ、だだだ大丈夫だよありがとう」
あれのどこが大丈夫なのかしら。手も震えているし、顔色も真っ青だ。それにしてもあの黒髭が誰かを真剣に心配している姿は珍しい。普段はふざけてばかりのあの男でも、一応そういう配慮ができるのかと感心した。
さて、そろそろ本当に助けてあげましょうか。マスター、と声をかけようとした矢先。
「本当に怪我はないでござるか?」
あの巨体が跪き、名前に怪我がないかと案じているではないか。名前に触れるようなこともなく、ただ純粋に様子を窺っている。これにはさすがの私も驚いた。少なくともサーヴァント同士で関わる際には見せたことのない姿だったから。
「……うん!平気だよ」
「名前」
「メディア」
声をかければ、名前がほっとしたように笑った。いつものことながら、サーヴァントにこれほど安心した表情を見せる魔術師も珍しい。手を貸して立たせると、ありがとうと頬を赤らめながら微笑まれた。まったく、これだから放っておけないのよね。
「では拙者はこれで」
「あ、待って、……ありがとう」
相変わらずぎこちなさはあるけれど、誠意のこめられたお礼の言葉を受け取り、黒髭も心なしか優しい顔で自室へと戻っていく。明日は空から槍が降りそうね、と呟けば名前が不思議そうに首を傾げていた。
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