いつからか、食べ物の味がわからなくなった。噛む感触はあっても、ただそれだけ。飲み物も同様で、水を飲んでも紅茶を飲んでも、温度の差を感じるだけでやはり味はわからなかった。
「……、」
誰かに相談すればいい。そうすればきっと誰かがこの症状に名前をつけて対処法を教えてくれる。そこまでわかっているのに、どうしても誰かに言い出すことができずに今の状態が続いていた。
味覚がおかしいことよりも、レイシフト先でいつ命を落とすかわからないという当面の問題の方が、私にとっては余程重要で恐ろしかったのだ。
味のしない食事に慣れてきた頃、セイバーのアルトリアオルタに呼ばれ、深夜であるにも関わらず私は食堂に来ていた。テーブルに並べられていたのは、オルタの主食であるジャンクフードの数々。呼びだされた理由がわからずに首を傾げていると、彼女が先に口を開いた。
「食べろ。今日は特別に私の夜食をわけてやる」
「え、」
「夕飯を食べていなかっただろう」
「あー……」
見られてたんだ、と苦笑する。どうせ味もわからないし、気分が悪いからと適当に理由をつけて食べなかったのだ。
「マスター」
口元に大きなハンバーガーが突きつけられる。オルタを見上げると早く食べろと言わんばかりの視線を向けられて、遠慮がちに口をつけた。
「……」
「……」
「……これ、」
味がする。微かだけど、いつも食べているものでは感じなかった味覚が機能しているのがわかる。どうしてだろう。味付けが濃い目にされているからだろうか?もう一度口にしてみても結果は同じだった。薄らとではあるが、味がする。
「どうだ、マスター。味はわかるか?」
「……うん。ちょっとだけ」
「そうか。ではそこにあるポテトも食べるといい」
「ありがとう。でも、」
どうしてわかったの。そこから先の言葉が喉を通らず、俯いた。別に隠していたわけではないけれど、なんとなく気まずかったからだ。
「私は貴様のサーヴァントだ。それくらい見ていればわかる」
「……」
「余計なことを考えるな。今はとにかく食べておけ」
「むぐっ」
再び口元に押しつけられたハンバーガーを受け取り、少しずつ咀嚼する。目の前で次々と特大サイズのハンバーガーを平らげるオルタを眺めながら、そういえば彼女は一番最初に召喚に応じてくれたセイバーだったことを思い出した。出会ったあの日からずっと、オルタは私を支えてくれている。
「オルタ」
「なんだ」
「私、明日ダヴィンチちゃんに相談してみる」
「そうか」
「……それで、あの、一緒に来てもらってもいい?」
僅かな沈黙。オルタが食事の手を止めて私を見る。
「愚問だな」
「だ、だって」
「妙な遠慮をするな。頼れ、と以前にも話しただろう」
「……うん、ありがとう。オルタ」
「まったく、手のかかるマスターだ」
ふ、とオルタが笑う。それにつられて私も笑って。
「それでいい。名前はそうして笑っていろ」
肩を並べて食べたジャンクフードは、不思議と優しい味がした。
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