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これのつづき
ケイネス先生が以前のように相手をしてくれなくなった。いくら話かけてもどこか上の空で、心ここに在らずといった感じだ。風の噂で婚約者ができたらしいという話を聞いたけれど、もしかしたらそれが関係しているのかもしれない。それを裏付けるかのように、最近は先生に頭を撫でてもらうことも、頬に触れてもらうこともすっかりなくなっていた。
「想像してたより辛いなぁ……」
先生にもずっと会えていない。声をかけようにも講義が終わるや否や、どこかへ姿を消してしまうからだ。寂しい。前みたいに名前を呼んで微笑んでほしい。そんなことを考えているうちに目頭が熱くなり、ぽたぽたと涙が落ちていく。ベッドに力なく座り込み、床を見つめた。講義にも出る気になれず、今日も休んでしまった。一昨日からずっと寮の部屋に引きこもったままだ。
「ほら見ろ。だから言ったじゃないか」
「……ウェイバー」
いつの間に現れたのか、部屋の入口の壁にもたれかかるようにしてウェイバーが立っていた。数冊のノートを抱えており、視線を送ると「一昨日から今日までの講義のノート」と押しつけられた。わざわざ持ってきてくれたらしい。
「ありがとう。助かるよ」
「ああ」
「……」
「……」
そういえば今日はケイネス先生の講義があったっけ。あ、駄目だ。先生のことを思うと勝手に涙が出てくる。泣き顔を見られたくなくて、また俯いた。部屋は静まり返っていて、自分の嗚咽しか聞こえない。ウェイバーは立ち去るのかと思えば、同じようにベッドに座りこんだ。ぎしりとベッドが軋む。人一人分程の距離を開けてウェイバーは座っていた。この間隔はまるで私たちみたいだ。近すぎず遠すぎず、かといって無闇に踏み込むわけでもない距離。
「……私、どうしたらいいんだろう」
自分でもよくわからなかった。きっともう以前と同じように先生と関わることはできないだろう。それでもまだ現実を受け入れられない自分がいる。理屈としてわかっていても、感情が追い付いてこないのだ。
「それは僕が決めることじゃない。名前の好きなようにすればいいだろ」
「そう、だよね。ごめん」
馬鹿なふりをして先生の傍にいようと決めたのは自分だ。それでいいと思っていた。恋愛関係になりたかったのかと言われればわからない。私はただ先生と一緒にいたくて、いつもみたいに頭を撫でてもらいたかっただけなのに。どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。
「……まあ、気分転換くらいならいつでも付き合うけど」
「え」
「名前がいないと張り合いがないからな」
だから明日は講義に来いよな。そう言って笑うウェイバーは、今まで見たことがないような優しい表情をしていた。
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