「君という子は……私がいないと本当に駄目だな」
私の頬を撫でながらケイネス先生が呟いた。駄目だな、という言葉とは裏腹にその瞳は酷く優しい。私は魔術に関係ない事柄になると途端に駄目人間になる。どれくらい駄目かというと「魔術に関しては優秀だが、それ以外の能力は並以下だ」というケイネス先生のお墨付きがあるほどだ。
「何かあれば私に言うといい。手を貸そう」
「ありがとうございます、先生」
頬に添えられている手に、自らの手を重ねる。目を閉じて、私とは違う男性らしい骨張った手の感触に浸る。ああ、好きだなぁ。安心する。こうして彼に構ってもらえるなら、私はいくらでも馬鹿な人間でいよう。
「そんなの本当の名前じゃないだろ。それで幸せなのかよ」
私の話を最後まで聞いたあと、ウェイバーはつまらなさそうに切り出した。頬杖をつき、呆れたような目はどこか遠くを見つめている。彼の言う本当の私とは「駄目人間の私」ではなく「駄目人間のふりをしている私」のことを指す。 駄目な私でいればケイネス先生が「仕方のない子だ」と世話を焼いてくれるから、私は自ら何もできないふりをする。本当は一人で大抵のことはできるし、できることをできないように見せる努力の方がきついくらいだ。それでもやめられないのは、偏に先生に構ってほしいがためである。
「ケイネス先生が構ってくれるから、これでいいの」
「ふうん。まあ好きにすれば」
露骨に納得のいってない顔をしながらも、彼は私を否定しない。言っても意味がないとわかっているからだろう。ウェイバーとは時計塔に来てから仲良くなったのだけど、彼は空気も読めるし余計な詮索もしてこない。世話焼きな所と小言が多い所は、どこかケイネス先生に似ているような気がしなくもないけれど、そんなことを言えば間違いなく怒られるだろうから、これは心の中に留めておくのがいいだろう。
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