※男装夢主
考え事をしながら歩いていたせいか、足元の石に気がつかず躓いてしまった。受け身も取れずにそのまま地面に倒れ込む。ああ、鈍臭いなぁ。地面に座り込んで少々落ち込んでいると、頭上にぬうっと影が差した。
「派手に転んだわね」
「あ、」
顔を上げると、伊東さんが呆れたような顔をして私を見下ろしていた。どうやらしっかり見られていたらしい。
「まったく……貴方と言う人は。見習い隊士とはいえ、もっと足元に気をつけなさい。怪我をしたらどうするのです」
伊東さんは私を立たせると、袴についた砂や泥を手で払い始めた。自分でできますからと口を挟む間もなく、呆気にとられているうちに汚れが落とされていく。
「あの、ありがとうございます」
予想だにしなかった相手の行動に驚きながらもお礼を口にすると、伊東さんはハッとしたような顔で「あら、ごめんなさい。名字くんを見てると幼い頃の弟を思い出してしまって、つい子ども扱いを……」と少しだけ気恥ずかしそうに笑った。そこにはいつものどこか嫌味っぽい伊東さんの姿はなく、弟思いの兄の姿だけがあった。今まで知らなかった一面に触れ、落ち込んでいた心がじわりとあたたかくなる。彼のことは苦手なタイプだから……となるべく避けていたけれど、もう少し伊東さんのことを知りたいと思った。
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