ごくありふれた、ある夕暮れのこと。
開かずの踏切で足止めをくらった私は、ため息を吐いて足元に視線を投げた。自然と視界に入ってくる、くたびれたパンプス。ここのところ仕事が忙しく、ろくに買い物にも行けていなかったことを思い出した。次の休みには新しい靴を買いに行かなくては。つま先を見つめながら長々と週末の予定を組んでいるあいだも、やはり遮断機は降りたまま、カンカンと警報音だけが鳴り響いていた。
「……?」
顔を上げると、遮断機の向こうに色鮮やかな着物を纏う男性が見えた。色素の薄い長い髪が、ゆらゆらと風に揺れている。一見すると女性のようにも見えるが、私にはどうにも男性のように思える。青の瞳に、隈取のような化粧。外国の人だろうか。
ふ、と。その青い瞳と目があった。じろじろ見ていたせいだと反省しながらも、真っ直ぐに射抜いてくる彼から視線を逸らせない。どうしてだろう。私はこの瞳を知っている。
「あなたは」
その言葉の続きは、勢いよく通過した電車によってかき消されてしまった。ガタンゴトン。通り過ぎていくそれを恨めしく思いながら見送る。なぜ彼の瞳に見覚えがあるのか、その理由を思い出したわけじゃない。それでも彼を知っているという確信だけがあった。
ようやく電車が通り過ぎ、遮断機が上がる。人違いならそれでかまわない。話をしたいと慌てて足を踏み出す。しかし、そこにはもう誰の姿も見当たらなかった。
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