前世で生きていた場所からどれほど遠くに生まれても、あの男は必ず現れた。忘れられるはずもない。目が痛くなる配色の奇抜な服装、そして人間を嘲笑うような眼差し。奴は心底楽しそうな顔をして、毎度決まった言葉をかけてくるのだ。
「お久しぶりです、名前」
「……どうしてここへ来たんですか、メフィストさん」
「今更それを問うのですか? 私とあなたの仲でしょう」
「悪魔と仲良くなった覚えはありません」
「しかしこうも巡り会うとは……因果なこともあるものですな」
「お引き取り下さい。今回は祓魔師ともあなたとも関わるつもりはありません。普通に学生生活を楽しんで、普通に恋して、普通に働いて、普通に死ぬ予定です」
前の人生も、そのまた前の人生も、さらにその前の人生でも私はこの男と顔を合わせている。こちらは祓魔師として、奴はいわずもがな悪魔として。何度生まれ変わってもお互いの立場だけは変わらなかった。
「こちらをどうぞ。再会を祝した心ばかりの贈り物です」
「学生証……?」
手渡されたそれは見覚えのない学園の物だった。しかしそれには何故かご丁寧に私の顔写真や名前が載っている。
「実は私、今はそちらの正十字学園で理事長を務めております。手土産の代わりに、というわけではありませんが、あなたの入学手続きも済ませておきましたよ」
「なっ、悪い冗談はやめてください。高校ならもう別の学校で入学手続きも済ませて……」
「そんなもの白紙ですよ。嘘だと思うなら確認してみるといい」
「……」
「寮も既に手配済みです。あなたさえよければ今日からでも来て頂けますが」
「やだ。絶対行きません」
「やれやれ、相変らず聞き分けのない方だ」
大袈裟に肩を竦めてみせるメフィストさんに苛立ちが募る。
「入学式が近づいたらまた迎えに来ます。それまでに家族や友人との別れを済ませておいてください」
「だから私は」
「ああ、これもあなたにお返ししなければ」
ぽいっと放られたそれを慌てて受け止める。その感触に過去の記憶が脳内を駆け巡った。それは前世で使っていた対悪魔用の刀だ。死ぬ直前まで使っていた、私の刀。またこうして手にする日が来るとは思っていなかった。というか、思いたくなかった。
「こういう運命なんですよ、私とあなたは」
「……」
「それではまた会う日まで。ごきげんよう」
紳士よろしく深々とお辞儀をしてみせたメフィストさんは、瞬く間に姿を消した。"悪い夢"の一言で済めばいいのに、握りしめた刀はこれが現実だと告げてくる。そういえば、と慌てて入学予定だった学校に連絡を入れると、案の定と言うべきか。私の入学は最初から綺麗さっぱりなかったことになっていた。
「あの悪魔め……!」
これでは一般人として静かに生きていくという私の人生設計が台無しだ。前世であれほど祓魔師として働いたのに、それでもまだ足りないと言うのか。持っていた学生証を地面に叩きつけ、その場にうずくまる。誰かあの悪魔から確実に逃げられる方法を教えてください。
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