「奥村燐とは随分仲がよろしいようで」
「覗き見なんて趣味が悪いですよ」
「学生を見守るのも我々の大切な仕事ですからね」
こうして理事長室に来るのも何度目だろう。少なくとも両手で数えきれないくらいの回数は足を運んでいる。座り心地のいい可愛らしい椅子に腰かけ、メフィストさんが淹れてくれた紅茶を口にした。
「手駒の監視の間違いでしょう」
「否定はしません」
メフィストさんの監視の目がある生活にも慣れたものだ。よくもまあそんな所まで……と思うようなことですらも知られていて、プライバシーなんて皆無だった。悲しいことにそれでいちいち腹を立てていてはストレスで胃に穴が開いてしまう。メフィストさんに関しては気にした方の負けなのだ。
「あ。そういえばあの漫画面白かったです」
「それは結構! 先日発売された新刊も読みましたか?」
「まだです」
「もし良ければお貸ししますよ」
「いいんですか?」
「私のことならご心配なく。保存用と布教用にそれぞれ持っていますから」
「じゃあお願いします」
アニメや漫画を愛していると言うだけあって、メフィストさんお勧めの作品には外れがない。少なくとも今まで教えてもらったもので面白くない作品は一つもなかった。
なるべく悪魔と関わりたくないと思う気持ちに変わりはない。でも普通に接するくらいならば、とこの一年を過ごして思うようになってしまった自分もいる。腐れ縁とはいえ、もう四度目の再会だ。気心も充分に知れているせいか、ただの友人として接するだけなら彼は申し分のない相手なのだ。
「それにしても過去のあなたからは考えられませんな。私と漫画の貸し借りとは……時代が変われば人も変わるということか」
「前世ではあまり読む機会もなかったので。それに、どうせ生きるなら少しでも楽しみは多い方がいいでしょう」
「その意見には賛成ですね。ではこちらを。最新刊と、同じ作者の短編集もいくつか入れておきましたよ」
「わあ、ありがとうございます」
悪魔にお礼なんて自分で言っておきながら変な感じだ。とはいっても、そんなの今さらか。
「……」
「どうかしましたか?」
少しだけ目を見開いて黙っているメフィストさんを見上げると、彼は「何でもありません」といつものように笑っていた。
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