ざあざあ。地面を叩きつけるような激しい雨が降っている。ついさっきまであんなに晴れていたのに黒い雲が現れたかと思えば、あっという間にこの大雨だ。傘を持っていなかったので、とりあえず目の前にあった空き家の軒先で雨宿りをしつつ、ぼうっと空を眺めている。この時期にはよくあることだし、少し待っていれば雨も上がるだろう。
「お嬢さん、雨宿りですか」
すぐ傍から聞こえた呼びかけに驚くと、隣にはいつ現れたのか兵助が立っていた。その手には少し大きめの傘が握られている。
「兵助、もしかして迎えに来てくれたの?」
「うん。名前、家を出るときに傘持ってなかったから困ってるんじゃないかと思って」
「ありがとう。ちょうど困ってたところだよ」
「お礼なんていいよ。暗くなる前に帰ろう」
こちら側に傾けられた傘に入り、兵助と肩を並べて歩く。まだ雨は降っているけれど、少し前に比べると勢いも弱まっていた。
「……」
隣を歩く兵助の横顔をちらりと盗み見る。彼の人間の姿も見慣れたものだけど、いつ見ても感心してしまう。どこからどう見ても普通の人にしか見えない。しかもかなりの美形。猫の時も凛々しくて綺麗な顔立ちをしているけど、人の姿になってもそれは変わらないらしい。
「どうした?」
「えっ、あ、綺麗だなって」
「? 何か綺麗なものがあったの?」
「うん、兵助が綺麗で見とれてた」
「なっ!突然なんだよ」
「きっと猫の世界でもモテモテだろうなぁと思って……」
「別にそんなことないよ。モテたって嬉しくないし」
少し機嫌を損ねてしまったようで、ぷいと顔を逸らされる。でもそんな横顔も綺麗で、私は見つからないように口元を緩めた。ここで声を出して笑ってしまえば、兵助の機嫌が更に悪くなるのは目に見えているからだ。
「名前」
「うん?」
ちゅっ。可愛らしい音を立てて唇が触れ合う。え、今、唇に。
「俺はね、名前がいてくれれば他には何もいらない」
「へ、兵助」
「ちゃんと覚えてて。俺はいつだって、名前しか見てないよ」
「……」
「返事は?」
「……はい」
猫の姿の時に唇を舐められることはあっても、人の姿で唇にキスをされたのは初めてだ。今のファーストキスだったんだけど。そう呟けば兵助はそれはもう甘ったるい笑みを浮かべて知ってる、と零した。か、確信犯だ……!
「あれ、雨上がったね」
このなんともいえない空気を変えたくて、あからさまではあるが話の方向を変える。しかしそんなことは兵助にとってまるで意味を為さないようで「顔を赤くする名前のほうがずっと綺麗だよ」と更に恥ずかしくなるようなことを言うものだから、今度は私が顔を逸らす羽目になってしまった。
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