初めて名前を見たのは、もう十年以上前になる。私と雷蔵は参拝客の少ない小さな神社の守り神としてこの地に留まっていた。昔はそれなりに参拝客もいたが、時代の移り変わりと共に人は来なくなった。定期的に来る人間といえばこの神社の神主、そしてあの婆さんと孫くらいだった。
若く綺麗な娘だった彼女も結婚し、今は孫をつれている。人間の時間の流れはあっという間だ。婆さんの顔を見られるのも、おそらく残り僅かだろう。そんな彼女の隣にいた小さな少女が名前だった。婆さんにつれられて、意味がわかっているのかいないのか、そっと手を合わせる姿はなんとも可愛らしく、婆さんの若い頃によく似ていた。そして娘は、あろうことかその丸い瞳で私と雷蔵を真っ直ぐに見つめたのだ。
これには驚いた。この神社の神主でさえ私たちの姿は見えていないのに、この娘にはハッキリと見えているらしい。言葉を交わすことこそなかったが、手を引かれて帰る名前は、一度だけ振り向いて私たちに手を振ってくれた。
ある日、婆さんが一人で神社へやってきた。 珍しく孫の姿はない。
「私は、もう長くは生きられないでしょう。自分のことですから、よくわかります」
「そうだな」
手を合わせる彼女の前に立ち、言葉を返す。私の姿や声も見聞きできないだろうが、それでも相槌をうった。
「私が頼みたいのは孫の名前のことです。あの子は優しくて良い子です。……ただ、私達には見えない何かが見えているようで、周囲の子供達から避けられています」
「……」
「実の両親も名前を気味が悪いと避けているのです。私がいなくなれば、あの子の傍には誰もいなくなる。それが何よりも心配で……、だからどうかあの子を見守ってやってください。これが私の最後の願いです」
「……ああ。その願い、叶えよう」
こんな寂れた神社に、あんたは何十年も足を運んでくれた。我々を信じ、崇め奉り、大切にしてくれた。そんな人間の最後の願いだ。叶えてやらない理由はない。
そしてそれが、婆さんを見た最後だった。
あれから月日は流れ、名前も年頃の娘になった。名前は婆さんと同じようにこの神社にやって来る。もちろん掃除や供え物も欠かさない。
「三郎、こんにちは」
「お前も暇な奴だな。昨日来たばかりだろう」
「だってここ落ち着くんだもん。もしかして迷惑だった?」
「別に迷惑だとは言ってない。好きなだけいればいいだろう。雷蔵ももうすぐ帰ってくるはずだ」
まさかあの小さな娘にここまで肩入れすることになるとは思わなかった。ただの庇護の対象のはずが、今は別の感情まで持ち合わせてしまっている。
人の一生は短い。だが、だからこそ愛おしくもあり。今はただ、一瞬でも長くお前の傍にありたいと思うよ。
prev next