「……名前?」
隣で眠っていたはずの名前の様子がおかしい。うなされているようだった。この家には私がいるし、妖怪や霊が入ってくるとは思えない。そう考えると原因はひとつしかない。夢だ。
前に兵助が「名前は過去の夢を見てうなされることがある」と言っていたことを思い出す。両親や周囲の人間に疎まれ、誰も助けに現れない。名前にとっては地獄のような夢を見るのだと。当時から何年も経っているとはいえ、幼心に植え付けられた傷はそう簡単に消えやしない。それが辛く苦しいものなら、尚更だろう。
「名前、起きろ」
「う、」
「名前」
「……っ!」
ハッと目を見開いて、名前は私から距離を取った。私が夢の中の人間にでも見えたのだろうか。まだ夢うつつな様子で、周りをきょろきょろと確認している。
「夜中にすまないな。寝苦しそうだったから起こしてしまった」
「……三郎?」
「そうだよ。そんなに離れてないでこっちに来たらどうだ」
「そっか、夢、……」
隣を叩けば、状況を確認した名前がもぞもぞと戻ってきた。まだどこか苦しげな表情を浮かべている名前を抱き寄せ、腕のなかに閉じこめる。
「……ごめんね」
「謝らなくていい。誰だって夢見の悪い日くらいあるさ。もちろんこの私もな」
「三郎も?」
「ああ。昔、雷蔵を本気で怒らせてしまったことがあって今でも時々夢に見るよ」
「雷蔵が怒るなんて想像できない」
「名前にはとびきり甘いからなぁ。本気で怒る雷蔵は思い出すのも恐ろしい」
「あの雷蔵を怒らせるなんて何したの」
「さて、もう何百年も昔の話だからな……何だったか」
「……とりあえず私も雷蔵を怒らせないように気をつける」
「賢明な判断だな」
たわいもない話をしているうちに、名前の表情はだんだんと柔らかいものへ変わっていく。その様子にほっと胸をなで下ろした。
「そろそろ寝るか?まだ起きるには早いだろう」
「……ん」
「よく眠れるよう、まじないをかけておいてやる」
「まじない?」
まだ眠ることに対しては抵抗があるらしい。よほど恐ろしいのだろう。不安に揺れる名前の瞳を見やり、額にそっと口づける。赤くなっている名前には気づかないふりをして、そのままぎゅうと抱きしめた。
「これでもう大丈夫だ。ほら、おやすみ」
「……おやすみ」
ぴったり密着しているせいだろう。名前の鼓動が早くなっているのがよくわかる。可愛い奴め。そのまま私のことだけを考えていればいいさ。そうすればきっと、もう怖い夢なんて見ないだろう。
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