夏場の境内の掃除は必ず早朝に行っている。ここが林に囲まれた神社とはいえ、昼間は酷い暑さに見舞われるからだ。この季節の掃除は涼しい時間帯に済ませるに限る。
「お疲れ様、名前」
「ありがとう。雷蔵もお疲れ様」
最初は私だけが掃除をしていたのだけど、途中から雷蔵も手伝ってくれていた。雷蔵は神様なのだから私に任せてくれればいいと言っても、掃除が好きだから僕にも手伝わせてほしいと彼は譲らなかった。
「少し休憩しようか」
どうぞ、と瓶ラムネを手渡された。しっかり冷やされていたらしいそれを頬にあてれば、すうっと熱が奪われていく。ひんやりして気持ちいい。
「ラムネなんて飲むの久しぶり」
「僕もだよ。駄菓子屋さんで売られてたからつい買っちゃって」
「もうすっかり夏だね」
きっと近いうちに一帯の林も蝉の声で賑やかになるのだろう。
「いいもの飲んでるな、名前」
「三郎」
隣の神社の神様の所へ行ったと雷蔵から聞いていたけれど、どうやらもう戻っていたらしい。
「ん?」
いつ取られたのか、私が持っていたはずの瓶ラムネが三郎の手の中にある。返して、と言う間もなく、三郎が瓶に口をつけた。
「あー!私のラムネが!」
「ご馳走さん。やっぱり夏はラムネだな」
「ぜ、全部飲まれた……」
まだ半分以上あったはずなのに、手元に返ってきた瓶は空っぽ。瓶を振ればビー玉がカラカラと虚しく音を立てた。
「三郎」
「そう怖い顔をしないでくれ、雷蔵。ちゃんと代わりの物を用意してあるから」
「代わりの物?」
「ああ。これだよ」
「あれ? これって」
「私も雷蔵と同じことを考えていたらしい。名前にお土産だ」
先ほどと全く同じラムネを手渡され、思わず笑ってしまった。外見もそうだけど、この二人の神様は本当に何から何までよく似ている。
「今日も暑くなりそうだな」
三郎の言葉に空を見上げる。青く澄んだ空には大きな入道雲が浮かんでいて、本当に真夏のようだ。まだ梅雨明けもしていないけれど、きっとこの様子ならすぐに夏本番がやってくるだろう。夏になったら夏にしか出来ないことをたくさん楽しみたい。もちろん、大好きな彼らと一緒に。
少しずつ。それでも確実に近づいてくる夏の気配を感じながら、冷えたラムネを流し込んだ。
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