兵助と暮らすようになって食生活が大きく変わった。元々、私は食に対して無頓着だった。両親との食事は息苦しくて、とても味のことなんて気に留めていられなかったからだ。一秒でも早く自分の部屋に戻りたい。ただそれだけを考えて箸を進めていた記憶しかない。
兵助と暮らし始めてからは、食事の時間がとても楽しくなった。兵助が料理上手だというのもあるけど、二人で一緒に食べるご飯は何よりも美味しかった。食事なんてサプリで充分だと考えていた昔の自分が嘘みたいだ。今だって大学の帰りに買ってきたレシピ本を眺めながら、夕飯の献立を考えたりしている。ちなみに今日は麻婆豆腐の予定。
「夕飯、何にしようか?」
レシピ本と向き合っていれば、後ろから兵助がくっついてきた。私の肩に頭を乗せ、同じように本を見つめる。
「今日は麻婆豆腐を作ろうと思ってるんだけど、いい?」
「本当!? 嬉しいな」
兵助は猫なのに豆腐が大好きだ。飼ったことがないからわからないけど、猫って豆腐を食べても大丈夫なのだろうか。それとも化猫になると食べられるようになるのかな。兵助は豆腐に限らず何でも食べるし、好き嫌いもほとんどないようだった。
「レシピ本も結構増えたね」
最初は一冊もなかったのに、気がつけば数十冊を超えていた。兵助が「ちゃんとした料理を名前に食べさせたい」と言って買ったのがそもそもの始まりだったっけ。本が増えるに連れて見事にレパートリーを増やしていく兵助。私も彼ほどではないにせよ、少しずつ料理をするようになって、それに伴って本を買う機会が増えていった。
「兵助の作るご飯がおいしいから外食する気にならないんだよね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。昔の名前の食生活は本当にひどかったから、心配してたんだ」
「反省してます」
「これからも腕によりをかけて作るから、期待してて」
「うん!」
人間の私より猫の兵助のほうが料理上手ってどうなんだろうと思わなくもないけど、気にしても仕方がないので考えないことにした。
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