血が繋がっていないから、二人の影に隠れているのが気に入らないから。つい数分前まで威勢よく言葉を吐いていた唇は今は血を滲ませ沈黙していた。周囲から聞こえる呻き声を無視しながら進む。足を止めた先に転がっているのは、もう名前も忘れてしまった女だった。
「ご自慢の味方がいなくなっちゃったね」
「もういいでしょ! 散々謝ったじゃない!」
「そんなの全然聞こえなかったけどなぁ」
這いつくばる女を見下ろしながら、どうしてやろうかと考える。簡単に終わらせてしまうのはつまらない。こういう時にサソリがいてくれたら、それはもう最高で最悪なアイディアを出してくれただろうに。
「そこで何をしている!」
薄暗い路地に懐中電灯の光が差し込んだ。誰が呼んだのか警察が来てしまったらしい。私は背を向けたまま走り出し、路地を曲がった所で塀を飛び越えた。さすがに警察もここまでは追って来られないだろう。このまま家まで裏道を走って帰れば問題ない。
「待っていたぞ、名前」
問題ない、はずだった。
「善良な市民を捕まえるなんて酷いことしますね」
「善良な市民は返り血を浴びて塀を飛び越えたりせんだろう」
「……」
面倒な人に出会ってしまった。この警察官とは面識があり、確か名前を扉間と言っただろうか。私がどこかで喧嘩をするとどこから聞きつけてくるのか大抵こいつが現れる。最悪だ。
「逃げられると思うなよ」
「……!」
逃げようと僅かに態勢を整えていた私に鋭い視線が突き刺さる。ああもうだから嫌だったのに。
「お前、腹をやられたのか」
「怪我なんかしてな……い゛っ」
「随分と酷くやられたな」
「ふ、服捲らないでよセクハラ警官!」
「来い」
「ちょっと、嫌だってば」
男は抵抗する私をズルズルと引きずって近くに停めてあったパトカーへ投げ入れた。
「わっ!」
「ここで大人しくしていろ。いいな」
そう言って彼は運転席へ移動し、車を発進させた。いつもの流れで考えるなら、この後の行き先は病院だろうか。何を考えているのか知らないが奴は怪我に目聡く、こうして強制的に私を病院へ連れていくことも少なくなかった。お節介というかなんというか、読めない人だ。これ以上文句を言ってもどうにもならないことを悟り、私は黙って痛む腹部に手をあてながら目を閉じた。ちゃんと隠してたつもりだったんだけどな、これ。
血の繋がってないマダライズナの義理の妹の話。二人の前ではいい子を演じているが、実際は二人の取り巻きやその他諸々が絡んでくるため喧嘩を繰り返す日々。兄たちに迷惑をかけたくないため、喧嘩のことは黙っている。
扉間は近所に住む警察官で、なんだかんだで名前がほっておけない面倒見のいい大人。喧嘩の原因も理解していて名前が本音で喋れる数少ない相手(ただし名前は扉間が苦手なので大体は喧嘩腰での会話になる)。逃げ足の早い名前を捕まえられる貴重な人員。
扉間夢で連載書きたかった話のひとつです。
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