※現パロ
なんだか今日はやけに家が遠い。いつもなら二十分ほど歩けば着くのに、今は一向に着く気配がない。あまり考えたくはないけれど、もしかして私は同じ場所をぐるぐる回っているんじゃないだろうか。その証拠に目の前にはずっと同じ景色が続いている。
そんな自分の不安を何かに否定してほしくて、ポケットに入れていた飴玉を電柱の傍らに置いた。もし同じ場所を回っているのなら、またこれを目にすることになるはずだ。私の勘違いだとは思うけれど、念のため。飴玉の位置を確認し、見慣れた帰り道を再び歩く。大丈夫、きっと帰れる。そう自分に言い聞かせながら角を曲がり、次の道を左へ進む。普段通りならもうすぐ我が家が見えてくるはずだ。急ぎ足で進み、角を曲がって、左へ曲がった先。私の視界に広がったのは嫌というほど見覚えのある電柱と、お気に入りの飴玉だった。
「……」
頭がおかしくなってしまったのだろうか。こんなことなら徹夜でゲームばかりしてないで、土井先生の「夜更かししないでちゃんと寝なさい」って言葉に従うべきだった。いやでも昨日徹夜したおかげでレベルも上がったし裏ルートも発見できたわけで……って違う違う。こんなことを考えてる場合じゃない。落ち着いて状況を整理しなくては。
一度深呼吸をして、今置かれている状況を改めて確認する。私はここでようやく周りに人がいないことに気がついた。いくら田舎町でも多少の人の往来はあるはずだし、下校時間と被っている今は学生だっているはずだ。だけどこの場所には人も車も、何もいない。更によく見てみれば空の色が見たことのない奇妙な色をしている。全体的に赤紫というか、夕焼けとは違う不気味な色だ。
冷静に状況を整理しようとすればするほど不安が増していく。どうしようもなくなった私は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。歩き回ったせいで足が重い。もう徹夜でゲームなんてしないから助けてください神様。目の奥がじわりと熱くなり目の前の景色が滲んでいく。ここから一生出られなかったらどうしよう。考えたくないのに嫌な想像ばかりしてしまう。ぽたぽたと落ちる涙がアスファルトを濡らしていた。
「こんなところに座り込んでると危ないぞ」
ぽん、と頭に誰かの手が乗せられた。聞き慣れた声に顔を上げれば、そこには幼なじみの鉢屋三郎が立っていて。
「さぶろ、」
「よう。道端で居眠りか」
「違っ、ここから帰れなくて」
「大学生にもなって地元で迷子か……」
「その哀れなものを見るような視線やめてくれませんか三郎くん」
「よーしよし、もう大丈夫だからな」
「な、子供扱いしないでよ」
人を小馬鹿にするような顔で笑う三郎をぽかぽか叩いていると、不意に三郎の背後に黒いモヤのようなものが見えた。ここからではちゃんと見えないけどなんだろう、あれ。
「三郎、意地悪しちゃ駄目だよ」
モヤを見ようと身を乗り出そうとした瞬間、どこにいたのか雷蔵が現れた。
「あ、雷蔵」
「やあ、名前。意地悪な三郎は放っておいて、僕と一緒に帰ろうか」
雷蔵が立ちふさがっているため、モヤは全く見えない。もう一度確認してみようとしたけれど、雷蔵がさあ帰ろうと背中を押すので見ることはできなかった。かろうじて見えたのは、普段とは全く違う三郎の表情だけだ。あの底冷えするような鋭い眼差しの先に、一体何があったのだろう。
「ねえ雷蔵。信じてもらえないかもしれないけど、私、同じ場所をずっとぐるぐる歩いてた」
「……そっか。怖かったね」
「本気でもう帰れないと思ったから、雷蔵達が来てくれて助かったよ。ありがとう」
「うん、間に合って良かった」
「それにしてもどうして今日に限ってこんなことになったんだろう」
「……かな」
「何? よく聞こえない」
雷蔵が何かを呟いたが、声が小さくて聞き取れなかった。何て言ったの?と隣を見上げれば、夕陽の加減なのか雷蔵の瞳が金色に見えて。驚いて言葉を出せないまま見つめていれば、雷蔵は目を細めて笑った。
「今は逢魔が時だからね」
その言葉の直後、ブワッと一陣の風が吹き、近くの雑木林からカラスの群れが飛び立っていった。今回の出来事は寝不足で頭がおかしくなっているだけだと思いたかったけれど、それだけではないのかもしれない。そんなことを考えていたら急に背中が寒くなって、私は雷蔵の服の裾を掴んだ。幸いにも彼がそれを咎めることはなく、その後は無事に家までたどり着くことができた。
それにしても今日のあの出来事は何だったのだろう。結局何もわからないままだけど、とりあえずしばらくは徹夜でゲームをするのは止めよう。減った飴玉の数を数えながら身震いをした。
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