忍術学園が長期休暇に入り、私はドクタケ城で短期のアルバイトを始めた。町で「パート・アルバイト募集」と書かれたドクタケの張り紙を見つけ、なんとなく応募したことがきっかけだ。主な業務は城内の清掃らしいので、私くらいの年齢でも問題ないと判断されたのだろう。とにかくまとまった臨時収入を得られるのはありがたい。そういうわけで今回の休暇は実家には戻らず、学園とドクタケ城を往復することになった。
「そこの君、ちょっといいか」
「はい」
休憩時間にお茶を飲んでいるとドクタケ忍者の一人に声をかけられた。案内されるまま後ろをついて行くと、男はどんどん人気のない場所へ進んでいく。見覚えのない倉庫に辿り着いたところで、ようやく相手の足が止まった。
「……まさかこんなところで会うとは思わなかったよ」
「?」
ドクタケ忍者に知り合いはいないはずだけど、と首を傾げていると相手が振り向きざまにサングラスを外した。
「休暇は実家に帰ると言っていなかったか?」
「あ、利吉さん!」
爽やかな笑顔が眩しいと思ったのも束の間。彼の表情はすぐに苦いものへ変わってしまった。
「ここでのアルバイトはお勧めできないな」
真面目な表情で彼は言葉を続ける。仮にもここはあの悪名高いドクタケ城。どんな危険があるかわからない。今はまだ気づかれていないようだけど、名前ちゃんが忍術学園の生徒だと知られればタダでは帰してもらえないかもしれない、と。
「すみません。お給料と待遇が良くて」
「気持ちはわかるよ。他のアルバイトの人達も同じことを言っていたからね」
「……」
「いいかい。ここがドクタケ城の中であることを忘れてはいけないよ。充分気をつけて」
私が頷くと利吉さんは懐に入れていたサングラスを再び身に着け、「それじゃあ戻ろうか」と背を向けた。しかし、数歩進んだところで立ち止まって。
「……これでも結構心配してるんだよ」
「え、」
まさか利吉さんにそんなことを言われるとは思わず、何も言えずに固まってしまう。やがて動かない私を不思議に思ったのか「名前ちゃん?」と彼が振り返った。
「あの、えっと、……気をつけます」
もっと他に言うべき言葉があっただろうに、私の口をついて出た言葉はそれだけだった。
「ああ。何か困ったことがあれば、いつでも言ってくれ」
そう言って微笑む利吉さんはやっぱりとても輝いていて、休憩時間が終わっても私の心臓はどきどきと騒がしいままだった。
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