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「客の間じゃあとびきり気位の高い猫だ、なんて言われてるのが嘘みたいね」
「ふふ」

 甘ったるい笑顔を浮かべ、私にすり寄ってくるのはうちの見世の看板遊女の兵助だ。兵助は噂通り気位が高く、にこにこと愛想を振り撒くようなことはしない。扱いが難しく、客から苦情を受けることも少なくない。それでも芸事に長けており、稀に見せる極上の笑みを求めて大金を積んでくる客も相当数存在している。
しかしそんな兵助も、どういうわけか女将の私に対しては終始こんな態度で接してくるのだ。弱さを見せられる場所として私が役に立っているのなら嬉しいけど、どうもそれだけではないような気がしてならない。

「そういうのは客にしてあげなさい。泣いて喜ぶよ」
「嫌よ。甘えるのは名前にだけって決めてるの」
「女将に甘えてどうするの。客を蔑ろにされたら困るよ」
「客に抱かれてるときは、いつだって名前に抱かれてると思ってるし」
「……。今のは聞かなかったことにするから、さっさと自分の部屋に戻って寝るように」

 夜も遅い。客の相手をさせられて疲れているだろうに、兵助は私の傍にくっついて離れる気配がない。私が眠るまでこうしているつもりだろうか。彼女ならやりかねないのが恐ろしい。

「ねえ、名前」
「もう、名前じゃなくて女将って呼んでちょうだい。何度も言ってるでしょう」

 白くもちもちな兵助の頬を摘まんで引っ張ってやる。私が遊女であるならいざ知らず、今は若女将として働く身だ。あまり遊女と距離が近すぎるのはよくない。時には心を非情にして接しなければならないこともあるから、甘い顔ばかり見せてはならない。だから女将になると決めた日から、私は名前ではなく『女将』と呼ぶように伝えていた。まあこの様子じゃあ女将呼びは全然定着してないみたいだけど。

「いひゃい、おはひひゃんひはひ、」
「なんだ、ちゃんと呼べるじゃない」

 頬から指を離せば、白い頬が少しだけ赤くなっていた。売れっ子遊女の頬を引っ張るなんてなかなかできない経験だ。

「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「どうしたの?」
「私、綺麗?」

 突拍子のない質問に思わず面食らってしまった。しかし兵助の表情は至って真面目で、冗談で聞いているわけではなさそうだ。

「勿論。兵助はうちの立派な看板遊女なんだから、自信持っていいよ」

 言葉に直接出さずとも、きっと色々と考えることがあるのだろう。位の高い遊女なら尚更だ。あまり深くは聞かないようにして、自分の思うがままを伝えた。この一帯にはいくつもの妓楼があり、遊女の数も相当なものになるけれど、兵助ほど美しい女を私は他に知らない。それは紛れもない本心だ。

「ふふ、そう」

 不安気な表情から一転、今度は客がこぞって追い求めているであろう極上の笑みを浮かべている。こうして見ているととても感情豊かなように思えるのだけど、仕事となるとこの笑顔はパッと影を潜めてしまうのだから不思議である。

「だから、そういう顔は客の前までとっておきなさい」
「うん、わかってる」
「全然わかってない……」

 眩しいくらいの笑顔を横目に、もう何度目になるかわからないため息を吐いた。

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