「三郎、いい加減に起きて。今何時だと思ってるの」
「いやだ」
「やだじゃない。ほら、さっさと布団から出る」
嫌々と頭まですっぽりと布団を被る三郎から、容赦なく布団を剥ぎ取る。太陽が空に昇って随分と時間も経った頃、姉女郎の三郎が起きてくれないと禿が泣きそうな顔で私を訪ねてきた。女将としてここにいる以上放置するわけにもいかず、こうして部屋にやってきたのだけど。
「さっさと支度してちょうだい。見世が開くまで時間がないんだよ」
「……今日は休む」
掛け布団を奪われてもなお、三郎は動かない。うつ伏せて枕に顔を埋めたままだ。
「どこか調子が悪いの?」
「……」
「それとも、またお得意の仮病?」
そう。三郎が起きてこないのは今に始まったことじゃない。先代の女将がいた時からずっとこうだ。気持ちがわからないわけじゃないけど、駄々を捏ねられても助けてやることはできない。見世を任されている身として、彼女には働いてもらわなくては困る。
「……名前が」
「うん?」
「名前が、接吻してくれたら見世に出る」
「馬鹿言わないの」
漸く口を開いたと思えばこれだ。ぺしんと頭を叩いてやる。少しくらい反省しろ、と叩いたのだが、いたぁい、なんて甘い声を出すあたり、全く反省していないようだ。
「じゃあ出ない」
「はいはい、あとは髪結いの斉藤に任せるからさっさと支度してね」
そう時間の経たないうちに、斉藤がやってくる手筈になっている。他人である斉藤が来れば、いくらワガママな三郎といえど支度せざるを得なくなる。売れっ子としてのプライドもあるだろうし、今のような姿を斉藤に見せるはずがないからだ。
「やだっ、行くな、」
「もう、三郎」
「……なあ、頼むから、お願い」
部屋を出ようとする私の着物を三郎が掴む。振り払って部屋を出ても構わないが、こんなに泣きそうな顔で縋ってくる相手を邪険にするのも良心が痛む。ああ、きっとこんな姿を先代の女将に見られたら「甘やかすな」と叱られるに違いない。女将になって何年か経ってはいるものの、私はまだ先代のように遊女たちに接することができないときがある。
「……ちゃんと働くんだよ」
開けた襖を閉めて、目を閉じて待つ三郎の頬に手を添える。きめ細やかな白い肌。本当に三郎は美しい。するりと頬に手を滑らせ、その赤い唇に自分のそれを重ねる。
「……ん、」
「……」
「っ、んん」
「……、さぶろ、」
「ぁ、もっと…名前、」
「はい、おわり。約束は守ってもらうからね」
赤い舌を覗かせ続きを強請る三郎を引き離し、そっと唇に人差し指を乗せてやる。油断するとすぐに深く長く口づけてくるから、彼女からは早々に離れなければならない。そういうのは客にしてやれと何度言い聞かせただろう。
「またあとでね、三郎」
まだ不服そうな彼女の頭を撫で、今度こそ部屋を出る。さて、午後もしっかり働くとしましょう。
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