姉さんが任務に出て、今日で四日目になる。長期任務になると聞いていたから、帰りが遅いことについてはあまり心配していない。むしろ気がかりなのは、任務に行く前に姉さんに言ってしまった言葉の方だった。
その日は苛々していたこともあって、姉さんに酷い態度をとってしまった。そんな俺に姉さんは優しく接してくれていたけど、それがまた気に入らなくて「姉さんなんてきらいだ」と大声を上げてしまった。俺の言葉を聞いた瞬間の姉さんは今でも忘れられない。あの悲しそうな顔を見た時、自分の発した言葉の重さに気がついた。だけど姉さんは、そんな俺を責めたりしないで「ごめんね」と呟いてそのまま任務に向かっていった。どうしてその場ですぐに謝らなかったのか、後悔だけが今も胸に重くのしかかっている。
「……俺のこと、きらいになったかな」
嫌われていたらどうしよう。もう一緒に遊んだり、修行をしたり出来なくなるのかな。そんなの、いやだ。涙で歪み始める景色を瞳に映しながら、ギュッと掌を握りしめた。
長期任務を終え、くたびれた体を引きずって帰宅すると家の前に見慣れた姿を見つけた。サスケくんだ。
「……姉さん」
「サスケくん、ただいま」
その姿に疲れが癒やされていくのを感じながら、ふと任務当日の朝のことを思い出した。そういえば「きらい」と言われたんだっけ。嫌いな人間の姿なんて見たくないだろうし、私は出迎えてくれたことへのお礼を伝えて早々に玄関へ向かう。任務のおかげで体はクタクタだし、一度睡眠をとりたい。どこに鍵を入れたかなと鞄を漁っていると、腰回りに衝撃が走った。驚きつつ振り返れば、私の腰にはサスケくんが抱きついていて。
「サスケくん?」
「……ぃ」
「え?」
「俺、あの、姉さんに酷いこと言って……ごめんなさい。きらいなんて嘘だよ」
そう言ってサスケくんはボロボロと涙を流し始めた。泣いている姿を見るのは彼がアカデミーに入学する前以来で、私は慌てて屈み、目線を合わせる。
「俺のこと、きらいになった?」
サスケくんはそう問いかけて俯いた。零れ落ちる涙がどんどん地面を濡らしていく。
「サスケくん……、」
優しいこの子のことだから、きっと私が任務で家を空けている間も気にかけてくれていたに違いない。どれだけ辛い思いをさせてしまったのだろう。その心中を察し、先程までの自分の態度を恥じた。
「嫌いになるわけないじゃない。私がサスケくんを大切に思う気持ちはずっと変わってないよ」
「……本当?」
「うん、だからもう謝らないで。仲直りしよう」
そう言って微笑めば、サスケくんが胸に飛び込んできた。その小さな体を受けとめながら、私も背中に腕を回す。ありがとうと啜り泣くサスケくんを抱きしめながら、私も少しだけ泣いてしまった。嫌われていなくて、よかった。
「わざわざ送ってもらってすまなかった」
「いいの、気にしないで」
太陽がすっかり落ちた頃、私は泣き疲れて眠ったサスケくんを背負い、うちは家を訪れていた。家に着くと、心配そうな表情を浮かべたイタチに出迎えられる。どうやら彼も「弟の様子がおかしい」と、ずっと気にかけていたらしい。事の顛末を話せば、なにやら合点がいったように頷いていた。
「また明日ね、サスケくん」
イタチの背で眠るサスケくんに声をかければ、少しだけ笑ってくれたような気がした。
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