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これの少し前の出来事
里作りのためとはいえ、連日のように徹夜で働いていれば流石にオレとて疲れが溜まる。目眩を感じ、近くの壁に寄りかかった。行儀は悪いが幸いにもここは人目がない。落ち着くまでここで休むとしようぞ。
「大丈夫ですか、お姉さん」
休息を取り始めてどれくらいの時間が経っただろうか。すぐ後ろで聞こえた呼びかけに、はてと首を傾げる。この場にお姉さんと呼ばれるような若いおなごがいたか?近くにいたのであれば俺も気がつくはずだが……。
「お前は、」
声の主の顔を確認し、目を丸くした。見間違うはずもない、戦場で毎日のように顔を合わせていた、あのうちは名前がすぐ傍に立っている。
「動けますか?向こうに休憩所がありますから、私で良ければそこまで肩を貸しますよ」
今まで名前に向けられてきたものといえば、明確な敵意と殺意のみ。それは同盟を結んでも尚変わらず、特に名前は千手を徹底して避けていたはずだ。しかしそんな彼女が自らオレに話しかけ、あまつさえ心配してくれる日が来ようとは。
「……すまぬ。心遣い感謝する」
「な、泣いて……!?やっぱり具合が、」
「お前に声をかけてもらえたことが、ぐすっ、嬉しいのだ……」
「? 声くらいいくらでもかけますよ」
どうぞ。差し出されたハンカチを受け取り、涙を拭う。
「噂に違わぬ優しさぞ……うっ、」
名前の話はマダラから聞いていた。千手には良い顔をしないが、本当の名前は優しくて気立ての良い奴なのだと。マダラの言っていたことはやはり正しかったのだ。
「本当に医療班呼ばなくていいんですか」
「ああ。少し休めば大丈夫だ」
「そうですか。あまり無理しないで、家に帰ったらゆっくり休んでくださいね」
お大事にと言い残し、名前は姿を消した。扉間よ、千手とうちはの先行きは俺たちが思っているよりずっと明るいかもしれんぞ。目を閉じ、一族同士が互いに手を取り合う未来に思いを馳せた。
「名前、先日は助かったぞ」
体調もすっかり回復したある日、偶然にもタイミング良く通りがかった名前に声をかけた。今日はマダラと一緒のようだ。
「……?」
「柱間を助けたのか?名前」
「柱間?」
「ああ」
数秒間の沈黙が流れたかと思えば、名前はぎょっとした表情で後ずさった。借りたままになっていたハンカチを差し出せば「信じられない。風邪で声が掠れたお姉さんだと思ってたのに。柱間だったなんて……」と頭を抱えている。聞き間違いだと思っていたのだが、やはりあの時の“お姉さん”とはオレのことを指していたらしい。オレがお姉さんか……。
「あの、それは差し上げます」
「いや、しかし」
「マダラごめん、先に帰るね」
「わかった。気をつけて帰れよ」
「名前、待ってくれ」
「諦めろ柱間。ああなった名前は話を聞かん」
「……そうなのか」
肩を震わせつつ、マダラは話を続けた。名前は写輪眼の酷使で視力が落ちているため、恐らくオレだと気がつかないまま話しかけたのだろう、と。なるほど、そういう理由だったのか。
「それにしても"お姉さん"は無ェよな」
遂に声を出して笑い始めたマダラを余所に、なんとも複雑な気持ちで手の中のハンカチを見つめた。この借りはいつか必ず返すぞ、名前よ。
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