うちはに手練れの女がいる。歳はイズナと同じくらいだろう。女とは思えぬ殺気を放ち、僅かな時間で屍の山を築く。敵ながらたいした奴だった。
うちはと同盟を結んで以来、女が一人で町にいるのを一度だけ見かけたことがある。あたりまえといえばそうだが、先陣を切って武器をふるっていた面影は微塵もなく、そこにいたのはどこにでもいるような平凡な女だった。
「わっ、すみません!」
「……何をしている」
そしてその女が今、なぜか俺の目の前にいる。しかも手に持っていた書類を全てぶちまけるおまけつき。あまりの鈍くささに本当にあの女だろうかと疑ってしまったが、この顔は嫌というほど戦場で見た顔だ。忘れるはずがない。
「ごめんなさい、ぼうっとしてて……。すぐ片付けます」
まるで俺のことなど何も知らないような態度で、女はせっせと書類を集める。あの殺気も敵意も、ここには露ほどもない。仕方がないので共に散らばった紙を拾い集めてやれば「ありがとうございます」と微笑まれ、なんとも拍子抜けしてしまった。そればかりか、こんな顔もできるのかと素直に感心したくらいだ。
元々は穏やかな女なのだろうか。同盟を組んでいる状態とはいえ、千手とうちはには相変わらず微妙な空気が流れている。特にマダラとイズナの二人はそれが顕著だ。だが、うちは側にもこの女のように千手にも穏やかに接することのできる人間がいるのなら、今の状況を改善できる可能性はぐっと高くなる。
「名前!」
「あ、イズナくん」
「どうして扉間と一緒にいるの?もしかして嫌がらせでもされた?怪我はしてない?」
面倒な男が来た。イズナは俺の前に現れるや否や、これでもかと殺気を向けてくる。少しは場所を弁えてほしいものだ。女はぽかんとした顔で俺とイズナを交互に見ていたが、やがてハッとしたようにイズナの後ろに引っ込んだ。
「嘘、千手扉間……?」
「そうだ」
「な、なんで千手がここにいるの!しかもよりによって扉間!」
「お前からぶつかってきておいて随分な物言いだな」
「どうしよう、さっきまで普通に扉間と話してた。もうマダラに顔向けできないよ……」
「大丈夫だよ、兄さんはそんなことで名前を責めたりしないさ。悪いのはぶつかってきた扉間だろ」
「本当?マダラ怒らない?うちはから追い出されない?」
「心配いらないよ。だから早くここから離れよう。書類ならオレも一緒に持って行ってあげるから」
「ありがとう」
名前と呼ばれていた女とイズナは、尋常ではない速さで目の前から消え、廊下には俺が一人取り残された。一体何だったんだあいつらは。
あとで兄者から聞いて知ったことだが、名前とやらはかなり視力が落ちているらしい。写輪眼を酷使しているのが原因のようだ。それゆえ戦時中に何度も顔を合わせてはいたものの、こちらの顔はぼんやりとしか見えていなかったらしい。おそらく先日も俺と気づかぬまま接してきたのだろう。
しかしようやくうちは側でまともな人間を見つけたかと思えば、単純に目が悪いだけだったとは……。妙な疲労感を覚えながら、長く重い溜め息を吐いた。
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