いつもの川原に向かえば、そこに居たのは柱間ではなく一人の子供だった。膝を抱えて俯いているため顔は見えないが、髪の長さや服装から女であることがわかる。その姿がどことなく落ち込んだ時の柱間に似ていたせいか、俺はそいつに興味が湧いた。
周囲に人の気配がないことを確認して、そっと子供に近寄った。何度か声をかけるが返事はない。痺れを切らして肩を叩くと、子供はそのままぱたりと倒れてしまった。
「なっ、おい!」
怪我でもしていたのか?それとも病気?慌てて思考を巡らせていれば、俺の心配をよそに子供が目を開ける。丸い大きな瞳は何度か瞬きを繰り返し、やがて俺を映した。
「……おはようございます?」
「……ここで寝てたのか?」
「うん」
「てめェ、紛らわしい真似するんじゃねェ!」
「ひっ!ごめんなさい」
「あ、いや、別に謝らなくていいけどよ……」
子供の暗く落ち込む姿がまた柱間に重なって見えて笑いそうになった。やっぱり似てる。
「お前、名前は?」
「せん……」
「待て。先に言っておくが姓は名乗らなくていいからな。名前だけ言え」
この先の単語を聞いてしまってはいけない気がして、俺はとっさに子供の口を手で塞いでいた。名前だけだぞ、と念を押してから手を離す。
「名前」
「名前、か。ついでだから教えておいてやるが、知らない人間の前で簡単に姓を名乗るなよ。何かあってからじゃ遅ェだろ」
「ごめんなさい。そういえば兄者にも同じことを言われたばかりだったのに、私……」
「……」
「うう……だからいつまで経っても『半人前』って言われるんだ」
「だから一々落ち込むなっつーの!本当によく似てんのな」
既視感のある落ち込み方にうんざりしていれば、名前がはっとした顔で俺を見上げた。
「あの、あなたの名前は?」
「オレはマダラだ」
「マダラ!」
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように、名前は笑顔で俺の名を繰り返し呟いている。何がそんなに楽しいのかはわからないが、まあ悪い気はしない。
「いいか、もうこんな所で寝るなよ。気がついたらあの世だった、なんて笑えねェーぞ」
「はあい」
「本当にわかってんのか?」
「わかってる!」
どうやら返事だけは一人前らしい。元気よく手を挙げて返事をする姿はどう見ても幼い子供で、名前が半人前扱いされている理由がわかった気がした。
それから日が暮れるまで、あまり長い時間ではなかったが話をした。とは言っても大体は名前が何かを喋って、それに俺が適当な相槌をうっていただけだが。明け方の空が綺麗だったとか、庭に植えた花の芽が出たとか、兄者とやらにこっそりお菓子を貰っただとか。そんな日常を嬉しそうに話すものだから、俺もつられて笑っていた。
「それじゃあ気をつけて帰れよ。道草食って森で寝たりするんじゃねェぞ」
「うん!マダラも気をつけてね」
「じゃあな」
「……ばいばい」
「……」
「……」
「おい、服掴まれてたら帰れねェだろうが」
「……」
小さな手がぎゅうっと服の裾を握りしめている。むやみにそれを払うのは気が引けるし、どうしたものか。
「マダラ」
「なんだよ」
「また一緒に遊んでくれる?」
名前は今にも泣き出しそうな顔で、だけど真っ直ぐに俺を見た。
戦争中の今、また必ず会えるなんて保証はどこにもない。それは俺も名前も同じだ。それでも、もしまた会うことができたなら。今日のように話に付き合ってやってもいいと思う。そう考えるくらいには名前を気に入っていた。
「……ああ、また今度な」
「約束ね!」
俺の返事に満足したのか、服を掴んでいた手はあっさりと離れていく。勢いよく走る小さな背中を見送って、俺も家路につくことにした。
「……」
次に柱間に会ったら、妹がいないか聞いてみるか。
prev next