sunny day sunday
いやまあ確かにね、好きな子の好きなものを好きになりたいとは思うよ。
だからといって中坊じゃあるまいし、それだけで自分の好きなものまで譲ったりは出来ないでしょう。
「……あれ?」
対戦相手のユニフォームを着て集合場所に立つ恋人を見つけ、咄嗟に出たのはそんな情けない一言だった。
プロ野球のチケット(ちなみに巨人−中日戦)を知り合いに譲り受け、勉強の息抜きにでもと恋人の土方を誘ったところ、「そんなに先生が行きたいなら一緒に行ってあげてもいい」とツンデレのお手本の様な返しをされたのは昨日のこと。
久しぶりのデートだと浮かれドームに向かえば、待ち合わせの相手は大勢の中一人浮いた色のユニフォームを着ていて。
慎重に歩み寄り近くで顔を確認してもやはり本人で(そもそもこんなに綺麗な顔をした男中々いるもんじゃない)、向こうもさすがに気付いたのか、こちらを一瞥した後大袈裟に顔を歪めた。変質者を見るかの様な軽蔑の眼差しはとても恋人に向けるものではないだろう。笑って誤魔化し、恐る恐る口を開く。
「…えーっと。土方くん、中日ファンだっけ…?」
「ああ、言ってませんでしたっけ」
えらく素っ気ない返答に、聞いてねえよと声を荒げそうになるも必死で抑える。只でさえ先程から横を通り過ぎるジャイアンツファンに悉く訝しげな視線を送られているのだ。
しかしながら全く想定外だ。当然土方も地元の巨人を応援するだろうと思っていたのに。
そもそも土方と中日って結びつかない。ホークスとかヤクルトあたりのチームを地味に好きそうなイメージはあるけど。
「ふーん、中日ねえ。なんか意外」
「…っていうか、ドアラが好きなんですよね」
「…ああ、」
不本意ながら納得した。確かにあのキモカワイイが代名詞のマスコットは12球団1と言ってもいい程の知名度と人気を誇る。
しかし、何だろうこの気持ちは。土方はあんなのがいいのか。ハリーホークの様な堅実イケメンキャラが相手であれば少し困るが、よりによってドアラとは。あんなへたれた感じがいいんですか、土方くん。
「…先生?」
怪訝な顔をした土方に声を掛けられ我に返る。
落ち着け俺。たかがマスコットに嫉妬って大人としてどうなんだ。俺が心配する様な意味の好きではないことくらいわかっている、けど。
土方は俺の気持ちを知ってか知らずか、余裕そうな表情のまま言い放つ。
「別に、先生は巨人応援してくれていいですよ。まあうちが勝ちますけど」
「……ほお、言ったな。巨人が勝ったらチョコレートパフェ奢れよ」
「じゃあ俺はマヨネーズで」
…しまった。強気な笑みで仕掛けられた挑発につい乗せられてしまい、己の軽率さを恨んだ。しかし勝てば問題はないだろうと、気持ちを新たにドームの中に入る。周りを見渡せば野球をやっているのだろう日に焼けた坊主の少年や高校生の姿。土方を野球の試合に誘ったのはこの為でもあった。此処ならば、男二人で観戦に来ていたって何らおかしくはないし、人目を気にする必要もない。
いつもより少しだけ俺の近くを歩く土方の顔も、心なしか嬉しそうに綻んでいる。込み上げるのはどうしようもない愛おしさと、申し訳なさと。こんな些細なことでいいのなら、毎日だって連れて来てやりたい。
はぐれないようにとわかりやすい言い訳をして、その手を強く握りしめた。
飲み物を買って準備万端で観客席に乗り込めば、さすがホームというべきか、周りはジャイアンツのユニフォームを着た客ばかり。リーグ優勝を争う相手との対戦ということで気合も入っている。此処にドラゴンズのユニフォームを着た土方を投入してはさすがにまずいんではなかろうか。慌ててその肩に手を掛け止める。
「…ひ、土方くん、やっぱり、その格好は…」
「…大丈夫です、これがあるから」
自信満々に言い切った土方に、護身用のグッズでも取り出すのかと思えば、現れたのはドアラの耳で。
「……はい?」
「これつけたら、敵チームのファンでも許してくれますよ」
ドアラは中日ファンじゃない人達からも人気だから。
そんな理由になっていない様な理由にクエスチョンマークが浮かんだが、わずか一瞬のこと。
カチューシャ型のそれを頭に装着した土方を目にした瞬間、全てを理解した。
「…ね?」
「…っ」
悔しいけど、許してしまいそう だ。
いやまあ確かにね、好きな子の好きなものを好きになりたいとは思うよ。
だからといって、中坊じゃあるまいしそれだけで自分の好きなものまで譲ったりは出来ないでしょう。
例え好きな子が敵チームを応援していたとしても、そのチームの勝利を願ったりなんて到底できない。
全部その子の趣味に染まってしまうなんて、アイデンティティ確立真っ只中な思春期のガキじゃあるまいし。周囲からはマダオと馬鹿にされている僕にだって自分ってものはありますし。
ああだけど、中日がヒットを打つたびに興奮した様子で小さく跳ねる肩とか、揺れる耳とか。笑ったりがっかりしたり怒ったり、くるくると表情を変えるいつもは見せない年相応の顔、とか。
それを見てると、他のものなんてどうでもいいかななんて思ってしまうのは。
「…先生、さっきから全然応援してないけど、どうしたんですか?」
「えっ?あ、ああ…いや、中日強えなーと思って」
「…あれ」
土方は俺の言葉に少しだけ驚いてみせると、すぐに悪戯を思いついた子どもみたく笑った。
本当は試合なんて碌に観ていないし、どちらが勝っているのかすら定かではない。けれど、そんなことだってどうでもいいのだ。
昔聴いた歌のフレーズがふと浮かぶ。
ゲームの行方よりずっと、
君 が 。
「…もしかして、中日応援する気になりました?」
「……まあ、…それも悪くないかな」
「…へへ」
計画通りだと言わんばかりに満面の笑みを浮かべたこの子に、俺はずっと踊らされてしまう気がした。
大きな耳かっぽじってよく聞いて
あ い し て る よ !
***
お友達に捧げたドアラ耳×ぱっつちです!
そのお友達が以前くったり土方さんにドアラ耳つけた写メを見せてくれまして…死ぬかと思いました……
そりゃ先生もイチコロですよねという話
冒頭のタイトルは某曲名です〜39度のとろけそうな日!