「いい?入るよ」
「・・うん」
心臓がばくばくと煩い
それを落ち着かせる様に深呼吸をすると頭の上に東の手が乗っかる
「大丈夫」
数回頭を撫でられた後その手を下に下ろし僕の手を握ってくれた
「行こっか」
手が離れると家の扉を開けて中に入った
「あ・・由宇お帰り・・・明兎くんもいらっしゃい」
東のお母さんと目が合うと気まずそうに反らされて少し心が痛む
「母さん話がある」
目を反らされた事が気になり東が中に入ったのに気が付かず心配されてしまった
「どうかした?」
「・・何でもない、」
自分も靴を脱いで東の後に続いた
茶の間に入り僕は東の隣に座り東のお母さんは東の向かいに座った
「母さんはやめてって言ったけど俺は別れる気無いから」
「・・それじゃあ質問するけどふたりは喧嘩したこと無いの?」
昔から優しかった東のお母さんからは想像できない程の怖い顔
「それは・・・あるけど・・それが?」
「ならこの先無理って話・・上手くやっていけないんじゃないの?」
暫しの沈黙
その沈黙をいつの間にか僕が破っていた
「喧嘩する程仲が良いって知ってますか?あれって喧嘩する事で相手の想いを知れてお互い分かち合えるからだと思うんです」
「・・・それが?」
「躓く事もあるかも知れないけどそれも大切だと思います・・その所為で上手く行かくなる事は絶対に無いです」
深呼吸をして目を閉じる
再び開いて東のお母さんを真っ直ぐに見つめた
「だからどんな事があっても僕はこの関係を終わらせません」
東のお母さんは俯く
何も言葉が返ってこない事を不安に思いながら目線は外さなかった
そしてゆっくりと上げられた表情を見て安心から肩の力が抜ける
「・・良かった」
それはいつもの・・・いつもよりも優しい微笑み
「不安でついあんな事を言ってしまってごめんなさいね・・どれだけ本気なのか試したかったの・・・どうやら凄く本気な様ね」
声色も優しく先程までの事が嘘みたいだ
「ふたりなら上手くやっていけそうね・・・由宇の事よろしくね」
茜色に染まる空の下をふたりで並んで歩く
「・・元から認めてくれてはいたんだ」
「これからの事を心配してくれてたなんて良いお母さんだね・・」
歩いている途中で足を停めると東はこちらを振り向いた
「・・行きたいところあるんだけど良い?」
歩いて10分ぐらいの所
東は何も言わずに付いてきてくれた
「・・公園・・・ここで良く遊んだ?」
「・・・覚えてた?」
「今思い出した」
その言葉を聞いて後ろから寄りかかる様に抱き着いた
「藤・・・」
「最初ね・・・何で覚えて無いのって凄くイライラした・・・」
「・・ごめん」
抱き着く力を強めて背中に顔を埋め少し間を置いてから再び口の開く
「けど少しだけでも僕の事覚えててくれて嬉しかった・・時々、こんな風に突然思い出してくれるのも嬉しい」
「ありがとう」
腕の力を緩めると抱き締めてほしいという僕の思いを解ってくれた様にこちらを向き抱き締めてくれた
「ねぇ・・東・・・今目の前に有る家、僕が昔住んでた家なんだ」
「・・何となく覚えてる」
「こっちに戻ってくるって親に聞いた時・・東の事が1番に浮かんだ・・・そして偶然にも同じ学校で同じクラスで・・・後ろの席」
「・・嬉しいな・・・」
顔を上げると自然に唇が触れ気恥ずかしくなり東の腕に自分の手を添えて少し離れ俯く
「・・ここでした約束覚えてる?」
沈黙と共に風の音が耳に響く
―やっぱり覚えて無いか・・・
そう思った時だった
「明兎の事好きだからまた会ったときは真っ先に抱き締める」
涙が出そうになりそれを必死に押さえる
「・・ばか・・・っ」
誤魔化すつもりで言った言葉は震えていて逆に泣きそうなのがバレてしまった
不意に顔を上げられ唇が重なるのと略同時に涙が頬を伝って流れ落ちた。
35 完
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