不意打ちをくらふ 
「……痛い、死ぬ」

「そうか、死ね」



あまり聞き慣れていない叫び声がワグナリアに響いたかと思うと、倉庫付近から伊波ちゃんが涙目で走ってきた。

私の顔を見るなり、ごめんなさい!相馬さんー!!と言ってホールの方へ走って行ってしまった。

……可哀想に。


廊下の門を曲がると、倉庫へと繋がるドアがすぐのところにある。
そして開け放たれてしまったドアから中を覗いてみると、奥の壁に上半身もたれかかっている男がいた。この画ヅラに少々流血などの細工を施せば、完全に殺人現場になりうるような状況の中、私はため息をついて男の横に膝をついた。
目線はまだ私の方が少し上。



「あー……ははは、ははっ…」



あー、どうしよう。壊れてら。

まあ、そんでもって冒頭に戻るわけだ。





「……そんなこと言わないでさ、助けてよ…一喜ちゃん」

「断る。戻るからな」



ひとしきり無事なのを確認すると、私は恐らく一人で回しているであろう佐藤がいる厨房に帰ろうと、立ち上がり出口へ向かおうとする。



「頭がボーッとする…。あー…一喜ちゃんが見える……」

「当たり前だろ!!」



三途の川じゃ無いのか!!



「一喜ちゃん、俺もう無理っぽい……今まで、ありがとうね…」

「立つんだ、相馬ァァ!!」

「初めて会ったとき一喜ちゃんはたしか俺にだ……」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!言うな!!あれは事故だ!」



死に際に何てこと言おうとしてんだ!

虚空を見つめつつ私の弱みを暴露しようとする相馬を私は叫び声でかき消した。



「一喜ちゃん……」



目がとろんとしてきている。
……ま、まさか、相馬、お前本当に……!?

慌てて相馬に駆け寄り、とりあえず襟元を掴む。



「お、オイ!相馬!!しっかりしろ!伊波ちゃんに殴られたぐらいで死ぬお前じゃないだろ!?」



肩を軽く揺すってみたり、頬をぺしぺしと叩いてみたりするが、俯き加減のまま反応がない。



「そ、相馬!」



その時だった。
一瞬死んだ(気絶した?)はずの相馬の口端がつり上がったように見えた。



「?……!!?」



一瞬のことだった。
相馬の左手が私の厨房制服を掴んだかと思うと、ガッと引き寄せられ、次に走ったのは唇へのほんのりあたたかい感覚。

一旦停止する全思考回路。



コンマ何秒かで起こった出来事とはいえ、脳がそれを認識するのにそう時間はかからなかった。


ゆっくり解放され、徐々に思考回路が復活を始める。だが、収拾がつかなくなって脳の中は片っ端から広げた子供のおもちゃのように、どれから片付ければいいのか全く分からない状況になっていた。

おもちゃをぶちまけた当の相馬は余裕の笑みを浮かべて私を見ている。



「一喜ちゃん、どうしたの?」

「!!」

「俺なら大丈夫だよ?今一喜ちゃんに助けてもらったし」

「あ、ああ……」

「……一喜ちゃん?」



今度は私が俯き、カタカタと震え出す。
明らかに恥ずかしさで震えているとは思えない、何か違う雰囲気。



「し………」

「……し…?」



その瞬間、今度は相馬に全身全霊の恐怖が走った。



「死ね相馬ァァァ!!」

「うぐはっ!!」





不意打ちをくらふ





「佐藤君……俺本気で死ぬかも…」

「幸せすぎてか?」

「違うっ!!いや、それもだけど!!」





20100521

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