アンダーダンボール
「一喜ちゃん、俺力尽きそう……」
「やめてくれ、お前とこれ以上密着だなんてごめんだ」
「でも俺にも体力の限界ってもんが…!」
ただいまの相馬と私の距離は約20cmです。
「あとはあれか……」
棚の一番の上に置かれたダンボール箱を見つめて一喜は盛大な溜め息をついた。
食品補充のために、佐藤が書いてくれたメモを持って倉庫に来たまでは良かったのだが、最後の一つが棚の一番上にある。背伸びをしてやっと届くくらいの場所。
別に誰か他の人にとってもらえば良かったのだが、面倒だったので呼ばなかった。
フー……とゆっくり息を吐いてから短く、一気に呼吸をした。
んっ…!!
爪先に力を入れてバランスを保ち、腕を限界まで伸ばす。指先をかすめたダンボール箱の感触。
「あ、一喜ちゃん」
と、そこに相馬がやって来た。食品補充しているのは知っているはずだから何か用でもあるんだろう。
なので一度爪先立ちをやめた。
「何?」
「店長がね、最近ここの棚が古くなってボルトが緩んでるらしいから倒したりしないように気を付けろだって」
「ふーん……分かった」
そう言うなりまた爪先立ちを再開する。
「……一喜ちゃん、大丈夫?俺が取って………危ない!!」
その時だった。
地道な努力の末、ダンボール箱を数cm前にずらすことに成功し、さあ今から下ろそうと思っていた矢先、棚はぐらついた。
嫌な揺れ方だったから危ないのはすぐに分かった。倒れ始めたとき、まず取ろうとしていたダンボール箱が落ちてきた。
脳はすぐさま逃げろと命令するが体はそれに追いついていかない。やっとの思いで下を向き、頭部を出来るだけガードするということだけが出来た。
だがその瞬間に横から飛び出してきた衝撃によって、結果的に後頭部に少しの衝撃を受けただけで済んだ。
そして運悪くボルトが緩みかけていた棚がものすごい音を立てながら倒れた。
例えここで棚が倒れても割とすぐに向かいの棚に引っかかると思っていたが、物事とはそう簡単にいかないものだった。
「一喜ちゃん……大丈夫?」
「………一応」
全く倒れた訳では無かったが、それでも私を庇うようにして覆い被さっている相馬の背中には結構な重みがのしかかっていた。
で、押し倒されたというのが一番適当な私の後頭部には相馬の手が回され、ぎゅっと抱き締められるようにして私たちは倒れている。
相馬がかすかに距離を取ろうと動くのが分かり、反射的につむっていた目をゆっくりと開いた。
それで最初に飛び込んできたのは相馬の割と整った顔なわけで。
「!?」
「頭打った?」
「……いや、大丈夫」
そろそろ今の音で店の人たちが駆けつけてきてもいいんだけどなどと思うが誰か来そうな気配は残念ながら皆無。
こういう状況でなければ押し倒し押し倒された男女に見えるんだろうが、そんな雰囲気は欠片もなく疲労感だけが蓄積されていく空間になっていた。
そして冒頭に戻る。
そして今言ったばかりにも関わらず、こっちの態勢の方が楽だと言いながら相馬は私の二の腕の横あたりに肘を置いて、少し密着度を高めた。
しばらく経ってから、肩が痛くなってくるなぁと相馬はぼやく。
「一喜ちゃん、ちょっと我慢してね」
「!?」
そう言うなり相馬は私の顔のすぐ右に顔を置いた。
つまりは一歩間違うと床の上で抱き合っているような状態なわけだ。体はほぼ密着して……ああこれ絶対心臓の音バレるって……!
更に相馬は私の背中の下に手を入れ、本当に抱き合う状態になってしまった。
「そ、相馬…!」
「まあでも、これが俺も一番楽だからさ、もう少しの辛抱だよ」
「ば、馬鹿…!そんなとこで…喋るな…!!」
相馬が首を少し傾けてものだから、必然的にすぐ側で囁かれるような格好の上に吐息までかかる。
くすぐったい感覚が体全体に走り、思わず身をよじる。
「そっかそっか、一喜ちゃんは耳が弱いんだね」
ふー、とわざと息を吹きかけられ顔を真っ赤にする。
そして相馬はそれをいいことに口を寄せると耳たぶに甘噛みした。
「……っ!!!?」
「面白いねぇ……一喜ちゃ……」
「一喜ちゃん!!」
かすかにダンボールの間から見えたのは救世主だった。
「「え?」」
「一喜ちゃんに…相馬さんもいるの!?」
「ぽ、ぽぷら!」
途端に相馬は距離をとるべく体を上げる。
「い、今助けてあげるからね!って、お、重い!佐藤さーん!!」
「あぁっ!ぽぷら!待っ…ん!」
佐藤を呼びに走って行ってしまったぽぷらを呼び止めようと、そこまで叫んだ言葉は相馬の唇によって遮られた。
アンダーダンボール
20100613
後半……どうしてこうなった。
黒津
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