音もなく部屋に入った彼をようやく認識したのは、閉め切っていたはずのカーテンが揺れたからである。

「イルミ?」

ベッドから上半身だけ起こして暗闇に問いかければ、床に座りこんだ彼は無言で私の手をとった。彼の手は元々冷たかったが、今日はいつにもまして冷え切っている。温めようと手をさすると、ぼやけた月の光に照らされて爪の間にへばりついた血の跡が見えた。加えて彼の顔もよくよく見ると返り血で所々汚れているようだった。

「汚してくるなんて珍しいね」

「…」

彼は何も答えず私が送るなけなしの温度をただ享受している。こういう時の彼には何も話しかけないことが一番だということは分かっているはずなのに、ついつい声をかけてしまうのは私の性分らしい。

「…キルアと何かあったの」

「黙れ」

一瞬のうちに眉間まで一ミリに迫った針に驚いたが、一か月前のように即首を絞められなかっただけましである。黒々とした瞳に殺意はなかったが、これ以上口を聞くなと言わんばかりの嫌なオーラをびしびしと肌で感じ私はようやく黙った。

彼がここに来るのは無償の承認がほしいからである。ゾルディック家の長男として生まれ兄弟達に惜しみない愛情を注いできた彼は自分があの家で一番になれないことを知っている。だからこそ、気まぐれに出会った私のような、いくらでも取り換えが効く人間に承認欲求を微々たるものでも満たしてもらうことが彼の目的であった。

もう何人とそうしてきたのかは分からないがその取引をした相手が私が初めてでないことは今までの会話の中で把握している。少なくとも私は彼にとって10数人目の都合のいい人間の1人である。彼の気に食わないことを言わずに、ただ求められた時に彼を承認すれば良い。生温く息苦しい関係だったが、彼を愛してしまった私にとっては彼の針によって人形にされようが、首を絞められて殺されようがどうでもよかったのだ。
彼が無関心でなければ、ただそれでよかった。

「私、イルミのこと好きだよ」

彼の両手を握りしめて伝えたこの言葉はどれぐらい彼の心に届いているのだろうか。何も言わずに立ち去る後ろ姿に、その答えはなかった。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -