「感動したー!」

「…」

目元をティッシュで押さえる彼女の視線は、テレビ画面の中の小さな子犬と母犬に向けられている。エンドロールを見ながら、もう一度この話の内容を頭に巡らせるが、子犬が母犬を探して何日も一匹で街を彷徨う話、としか言いようがない。人間の情緒を刺激するような音楽と映像のカットがふんだんに盛り込まれているとは思ったが、一文で要約できるような話が、自分の感情を刺激するとは到底思えなかった。

「どのへんが感動できるのか分からなかったんだけど」

「嘘でしょ!?これでも泣かないの?涙腺砂漠…」

信じられないと言いたげな表情で俺を見た彼女が、『シャルナークを泣かせる』という目的を今回も役目を果たすことなく再生を終了したDVDをすごすごとしまっている。
レンタルDVD店の黒い手提げ袋が悲しそうに彼女の手元で揺れているが、人殺し集団に属している男をこんなもので泣かそうという方が間違いなのだ。

「泣かせる、っていう方向性が間違ってるよ…どうせなら俺が笑い泣きするぐらいバカバカしい映画借りてきなよ」

「それじゃ全然意味が違くなっちゃうじゃん!くそー!今度こそ絶対にシャルを泣かせるからね!」

彼女は携帯を手に取り、レビューサイトを見ながら必死に俺を泣かせるための映画を探し始める。せっかく遊びに来ているのに視線が合わない事を残念に思いながらも、自分のために労力を使い躍起になっている彼女の姿は自尊心を満たしていく。あまりにも必死な彼女を見て、自分が映画に感動して泣く姿を想像してみるが、その姿は至極不気味で、思わず笑みがこぼれた。


*


大雨警戒情報が出るほど、酷い豪雨の日だった。
間抜けな音をあげながら赤いランプをギラギラさせている車達が1つの遺体の傍に集まり何やらごちゃごちゃと言い合いをしている。
この雨だというのに集まったやじ馬たちは無遠慮に遺体を覗き込んでは息をもらし、「まだ若いのに、かわいそう」と馬鹿みたいに同じ言葉を囁く。

俺も、赤いランプと群集に誘われてのこのことやってきたやじ馬の1人だった。

「名前…」

泥なのか、血なのか分からないが汚れた顔を見てしまった瞬間から、俺は確かに単なるやじ馬の1人ではいられなくなってしまったのだ。
ふ、と彼女に以前見せられた映画が頭をよぎる。事故で亡くなった恋人に泣きながら縋りつく男、犯人に復讐してやると泣きながら憎悪の表情で語る男、何もできずに墓前で泣くだけの男…様々な登場人物達の顔が次々と浮かぶが、自分はそのどれにも当てはまらないと思った。

やじ馬の輪からそっと抜け出し、彼女が搬送されるであろう病院とも、彼女の家とも反対方向に歩きだす。

もし、仮に彼女がまだ生きていて、病院で目を覚ました時に恋人だったはずの「シャルナーク」が見舞いにも来ずに街から姿を消したとしったら彼女はどう思うのだろうか。

怒るか、悲しむか、呆れるか…そのどれでもない、彼女は自分を理解して「仕方ない」と笑うのだろう。

「一緒にいるの、結構楽しかったよ」

豪雨にかき消されて聞こえるはずもないだろうが、やじ馬の中心から、小さく「ばいばい」と返事が聞こえたような気がした。

わざと水たまりを踏みながら、数か月入り浸った街を後にする。
きっとこれで彼女の墓前を訪れることもないだろう。しかし、それでいいのだ。
人々が涙する感動のラブストーリーを展開することなど、俺も彼女も望んではいないのだから。

最後に一つだけ思うことは、恋人の死を見ても泣かない男を映画で泣かそうなんて彼女の選択は、やはり間違っていたということだけだ。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -