「落ち着くなあ」

シャルナークは意外にもスキンシップをとるのが好きらしい。
暇さえあれば、私の背にもたれかかったり手を握ったりなどセクハラで訴えられそうなギリギリのラインを見極めて触ってくる。
あまりにも下心が見え見えな触り方ならば拒絶できるというのに、そういう意味で触られているわけではないことが何となく分かってしまうのだから性質が悪い。
ここで彼に触るなと言ってしまえば、「ただ仲良くしてるだけなのに。俺のこと好きなの?」などと茶化した返事が返ってくるのは分かり切っている。

今ではもうすっかり慣れてしまった彼の体温を左手に感じていると、急に込められた力に指の関節がぱきり、と小さく音を立てた。

「いっった!」

ありえない、こんな一般人の手にかける力ではない、と思い切り振り払い、じとりと睨んでやるが、彼はそんな視線など物ともしないようでからりとした笑顔を浮かべた。

「ごめんごめん。なんか名前慣れちゃったみたいだったから」

ついね、と言ってからもう一度謝罪の言葉を述べられるが、本心でないことは明らかだ。
大体、人が言葉を二度繰り返す時は信用ならないというが、シャルナークの場合は口から出る言葉の8割は信用ならない。様々な知識に関して誤っているというわけでなく、わざと間違えた情報を伝えてきたり、虚偽の申告をすることがままあるのだ。
特に彼の謝罪は9.5割方本心でない。

「ほんとありえない!利き手じゃないからまだいいけど、複雑骨折とか勘弁してよ」

関節が妙な音をたてた指をまじまじと見つめるが、どうやらひしゃげてはいないようで安心した。彼はこちらの話を聞いているのかいないのか、手をぐーぱーと手遊びしながら考え事をしているし、やはり謝罪は嘘だなと心の中で毒づく。

「そんなに力いれたつもりなかったんだけどね。まあ折れたら治療費くらいは払うよ?」

「信用ならないなあ…」

彼に手を折られそうになったのは、実は今回が初めてではない。正確には6回目になるのではないだろうか。
「名前の手を握っていると落ち着く」というよく分からない理由でしばらく手を握られていたある日、こちらも心地よくなってきて眠気が襲った瞬間、ふんわりとした綿に手を突っ込んでいたと思ったら、実はそれは万力だったと言わんばかりの驚きと痛みが私を襲った。
痛い痛いと言って涙目になる私の指は軽くひびが入っていたらしい。見せた医者にはどうやったらこんなおかしなひびの入り方をするのだと呆れられたものだが、知り合いに手を握られてこうなったと言って信じてもらえるだろうか。
その時も彼は「つい力が入っちゃって。ごめんね」と笑って、治療費だろう札束を私に押し付けたのだ。

そしてそれからも何度か、同じ手口で私の左手は粉砕の危機に瀕しながらも、今日までなんとか生きながらえている。彼はこれを咎める度に、「ちゃんと治すお金あげてるじゃん」と文句を言い、そういう問題ではないと諌めても全く理解される様子はない。
4回注意した時点で彼にこのおかしな行為を説得によって止めさせることはできないのだと悟ったわけだが、毎回こうもプチ命の危機に晒されているのは、私の精神状態的に非常によろしくない。しかし、手を握るのを拒否すると、これまた「俺のこと意識してるの?」だとか「ならハグはいい?」などとやり口を変えてくるのだからキリが無く、もう左手はいつ折られてもよいのだという武士のような覚悟で彼に手を握らせている。

「ねえ、何でそんなに私の手折ろうとするの」

「折るつもりで力いれてるわけじゃないよ」

「力いれてるのは否定しないんだね…」

「あっ」

珍しいミスに思わず苦笑するが、やはり彼はわざと力をこめていたらしい。彼の事だから暇つぶしで、だとかなんとなく、という理由だろうが、一般人の私が毎度手を折られていては仕事に支障をきたすし、最近職場の人間にはDVをする恋人がいるのだと陰で噂されているのを知っている。
シャルナークは恋人ではないが、親しい友人とも言い難い。微妙なラインの”知り合い”というのが一番正しいのだが、そんな噂を流されては余計に私の周りに人が集まることがなく、いつも遠巻きに「何かあったら相談してね」と腫物扱いなのだから、いい加減何でもない理由で手を粉砕しようとするのはやめてほしい。

「私仕事場でDVをする恋人がいるって思われてるんだよ。だからやめて」

「えっ?名前彼氏いたの?しかもDV?別れなよ」

「お前のことだよ!」

顔面を思い切り指で指してやれば、ぱちくりと緑の瞳を瞬かせ「俺はDVしてないよ」と見当違いな答えを返してきた。

「でもそっかあ、俺名前のDV彼氏だと思われてるんだ」

なんでちょっと嬉しそうなのかは疑問だが、とにかく意図の分からない粉砕行為をやめてほしいともう一度抗議しようとした時だ。

ふわりと金髪が私の頬をくすぐったと思えば、私の体は彼に抱き込まれていた。
首にうずめられた彼の顔がどんな表情をしているのかは検討もつかないが、両腕の上から、まるで固いロープにでも縛られたかのように体を抱かれ、抵抗どころか肘から下をぶらぶらと動かすくらいしかできそうにない。

「ちょっと、何!?」

今まで彼がこんなに密着してきたことはなかった。これは完全にセクハラだと耳元で訴えるが、そうすると顔に似合わない彼の太い腕に力がこもるのが分かった。
みし、と音を立てて両腕、そして背骨が今までにないくらい大きな音で悲鳴をあげる。手を握られていた時とは比べ物にならないくらいの強い力が全身にかかると、私の声帯からは息のようなものがひゅうと抜けるだけで、音にはならなかった。

「っ、あ」

「少ししか力いれてないのに、こんな風になるんだもんなあ。難しいや」

ようやく力を緩めた彼はぐったりとした私を優しく支えながら、既に折れているだろう二の腕辺りの骨を確認して苦笑している。
ぶらぶらと力が入らない、皮膚だけで繋がった腕が酷く熱をもっていることを感じるとじわりと生理的な涙が溢れた。殺すつもりでやっているのではない、本当に好奇心だけでやっているのだろう。今回ばかりは本気で心配しているような、眉を下げた顔が私の視界に入って揺れている。

「これ治るのにどれくらいかかるかな」

ふ、と顔に影がかかったと思えば、美しい色を放つ彼の瞳が、眼前で爛々と輝いている。何をされているのか頭が追い付く間もなく、ねっとりとした感触が頬から瞼にかけて一気に駆け上がった。涙で霞む視界がクリアになったのは決して私の頭が理解に追いついたのではない。
舐められた、とようやく認識した時にはもう彼の視線は私の腕に向いていた。

恋人でもない、友人でもない、そんな彼が私に望むことは未だ分からないが、骨が折れて腫れ上がった腕にわざわざいくつも唇を落とす彼を見て、1つだけ分かったことがある。

――――彼が私に向ける感情は決して”恋”ではない。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -