「わっ!!!」

「うわあああ!」

次の出陣先について思案していた昼下がり、集中していた故に背後から忍び寄る白い悪魔、もとい鶴丸の襲撃に気づくことができなかった。ぐしゃりとよれ、文字がみみずのようになってしまった紙を彼に突き出し思い切り睨み付けてやるが「ああ、悪い悪い」と良い笑顔を見せ、全く反省した様子はない。
提出用の書類ではないからいいものの彼の悪戯には困ったものだ。鍛刀してすぐの頃はこんなにも私にばかりピンポイントで驚かせることはなかった気がするのだが。


「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」

その言葉を聞いたと同時にギャップに崩れ落ちたことは記憶に新しい。薬研藤四郎しかり燭台切光忠しかり、刀剣男士達は審神者をギャップの温度差で風邪をひかせたいらしい。やっと儚げな白い男がきたと思えばこれである。ただのサプライズじじいだ。

落とし穴を作って仏頂面をしていた同田貫を落としたり、短刀の菓子を勝手にロシアンルーレットにして一期一振や岩融にしぼられていたりと仲間相手に様々な驚きをしかけていたようだったが、最近のブームは私を驚かせることらしい。なんでも普段過ごしている時との驚いた声と表情のギャップが最高なのだとか。
確かに私はびびりである。夜中障子がガタンと音をたてただけで体が跳ねてしまうし、急に人に話しかけられたりするのも必ずと言っていいほど驚いてしまうので鶴丸からしてみれば最高の驚かし相手なのかもしれない。


先ほどダメにした紙をもう一度書き直そうと筆を持つと、邪魔をするように鶴丸が後ろにはりつき、すり寄ってくる。
「なあ主、俺の心を殺す気か。退屈で死んでしまう」
後ろから肩に頭をごりごりと押し付けるのはやめて欲しい。地味に鎖が当たって痛いのだ。

「えー…今やることあるから。和泉守にでも悪戯してきなよ」
堀川にでも聞かれたら速攻でアップを始めそうだが仕方ない。他の面々は鶴丸に悪戯をしかけられすぎて対抗策を練っているものが多い。加えて、短刀達にしかければ保護者達にまたどやされるであろうし、私に次いで驚かしがいがあると言えば彼ぐらいだろう。

「俺は主の驚く顔が見たいんだが」

腹にまわされた手の締め付けが強くなり思わず「うっ」と声が出る。さっき飲んだお茶が出てきそうだ。「鶴丸いい加減に…」と少し首を後ろにまわすと、美しい顔がすぐそばにあって思わず言葉が詰まる。顔の良い者は本当にずるい。そうやって見つめられるだけでこちらは何も言えなくなってしまうのだから。

「やっと、こっちを向いてくれたな」
整ったかんばせが緩むのを見て、してやられたと悔しく思う。彼の興を本当に削ごうと思うなら反応はしてはいけない。ため息を一つつき、正座をして鶴丸と向き合う。体を離したことに不満そうであるが、対面で抱き合っているなど恋人でもあるまいしおかしいだろう。誰かに見られればややこしいことになるのは間違いなく、それにもれなく顔面偏差値の差に私が死ぬ。

「なんで離れたんだ」

「いや抱き合ってる方がおかしいでしょ。それに恥ずかしいし」

「ほう、主は俺の顔がよっぽど好きと見た」

にやにやとこちらに顔を近づけるのだから性質が悪い。ああ、そうだ。私は鶴丸の顔がドストライクである。平常心を保ってはいるものの、こうも距離が近ければ何とも思っていなくとも心臓がバクバクと大きな音を立てている。

「違うから。抱き着かれるのとかに慣れていないからなの!」

「じゃあ慣れればいいのか?これからずっと一緒にいるんだ。慣れておかないと辛いのは主だぞ」

にやにや顔を崩さない彼に、これから審神者業を終えるまでずっと構い倒すつもりか、とげんなりする。呆れて黙っていれば「ああ、じゃあ早速慣れるために今日から同衾しよう」などと言い始めたのでとりあえず一発殴って部屋から追い出しておいた。

彼にはいい加減他人との距離感を教えた方がいいのかもしれない。



「いったー!!!」

「わ、悪い!大丈夫か?!」

その日は手合せの見学をしていた。「キエエエエ!」と声をあげて手合せでも容赦なしの同田貫と、堀川の声援をうけて戦う和泉守の打ち合いは見物であった。木刀とはいえ迫力がある。真剣だったらもっとすごいのだろうな、とガンガン打ち合うのをぼうっと見ていた瞬間だ。

茶色い棒のようなものがこちらに飛んできた、と認識した時にはもう遅い。
右頬がジンジンと熱をもっているのが分かる。打ち合いで弾かれた木刀が私の顔に当たったようだ。あまりの痛みに冷たい床にうずくまると、同田貫が今までに見たことのないぐらい焦った顔をしてオロオロとしているのが見え、ふっと笑いがこみ上げる。
心配いらない、と言おうとしたが何故か私の意思に反して視界はどんどん霞んでいき、刀剣達の足元しか見えなくなった。
ま、まだ死にたくない…意識を飛ばすと同時に何か声が聞こえたような気がした


おお さにわよ しんでしまうとはなさけない





ふっと頭が覚醒して目を開けるとそこは自室だった。死んでない、よかった。一安心しながらまだ痛む頬に手をやると、やけに大きな絆創膏のようなものが貼られている。きっと薬研が手当をしてくれたのだろう。
部屋が薄暗いが今は何時だ、と時計を探してぐるりと部屋を見渡そうとした時だ。心臓が止まってしまうかと思った。無表情の鶴丸が私の顔を覗き込んでいる。
いつからいたのか、と思ったが障子が開く音はしなかったしずっと傍にいたのだろう。気配も何もしないから気づかなかった。本当に心臓に悪い。加えて綺麗な顔の無表情程怖いものはないのだ。部屋の薄暗さと彼の色素の薄さが相まって幽霊に見える。
目が合っているのにも関わらず何も言葉を発しない鶴丸に、もしかして本当に幽霊なんじゃないか、と恐る恐る話しかけようと口を開くと「頬は痛むか」と表情を変えずに私に尋ねた。

いつもと様子が違うことに戸惑いながらも「あっ大丈夫です」と思わず敬語で答えると、彼の顔はようやくいつものような飄々としたものに変わった。

「君はどんくさいな、木刀のひとつぐらい避けてくれ。君が倒れているのを見て俺は心臓が止まるかと思ったぞ」
こんな驚きはいらないな、と眉を下げて笑う顔に本当に心配をかけたのだと申し訳なく思う。
「本当にごめん。でも木刀はさすがに避けられないかな…」
ははは、と笑って見せれば鶴丸は「人の子は脆いな」と泣きそうな顔をした。そっと頬に手を当てられ、思わず痛みに顔を歪めるが彼はそのまま手を引くことはない。感触を確かめるように何度か触れたと思えば「薬研藤四郎を呼んでくる。君は寝ていてくれ」と立ち上がり、さっさと部屋を出ていってしまった。

少し様子の違う鶴丸にどこか違和感を覚えるが、「大将、入るぜ」と粥を持ってきてくれた薬研の言葉と同時に思考は中断され、あっというまに頭の片隅に追いやられてしまった。彼の手製のご飯に勝てる程私の頭はよくできていない。



数日後には頬の痛みも引き、大口を開けて笑えるようになっていた。薬研の塗り薬がよく効いたようだと、もうあまり痛みのない頬をさする。今日は溜まった書類を片付けようと意気込み、ふ、と気づく。最近鶴丸は構ってこないなと。やはりあの時様子がおかしかったのには何かあるのだろうか、鶴丸を探しに行こうと立ち上がると、障子がスパーンと音をたてて開いた。

「あるじさまー!もうおかおはだいじょうぶなんですよね。いっしょにかくれんぼをしましょう!」
「主君!」「主!」と今剣を先頭にわらわらと短刀達が部屋になだれこんでくる。「大将は顔を怪我してるんだからしばらく遊びに誘うな」と薬研に言いつけられていたためにずっと我慢していたのだろう。嬉しそうな顔をして抱き着いてくる彼らを追い返すこともできず、「それじゃあ一回だけやろうか」と笑ってみせれば、わあっと歓声があがった。
鶴丸はあとで探そう、秋田が「いーち、にーい」と数えはじめるのを聞きながら遊びに集中しなければ、と頭をふる。彼らとの遊びは全力で行わなければならない。短刀、子どもといえど舐めてかかれば私がすぐさま鬼になるのは分かっている。


いい年をした大人が全力で隠れ場所を探しているのが、微笑ましくもあり呆れもするのだろう。石切丸にいい隠れ場所はないか、と尋ねると太刀部屋近くの空き部屋に大きなつづらがあったと思うよ、と苦笑された。
何もあんな顔をしなくてもいいじゃないか、心の中で抗議しながら部屋へ行くと例のつづらを見つける。確かに大きい、人が二人ぐらい入れるのではないだろうか。さっそく中に入って蓋を閉めると結構暗い…しかし遊びは全力に!だ。そこは我慢しよう。じっと身を潜めていると一人分の足音がこの部屋の前で止まったのに気付いた。
まさか秋田がもうこんなとこまで来たのか!?とドキドキしていると足音は部屋の中に入ってきて、このつづらの前で止まった。まさかこんないい隠れ場所で見つかるのが早すぎる、と目をぎゅっと瞑ると、「こりゃ驚いた」つづらの蓋を開けたのはまさかの鶴丸であった。

「な、なんだ、鶴丸かあ。驚かせないでよ!」

「もしかしてかくれんぼか?さっき秋田が皆を見つけていたぞ」

いい加減蓋を閉めてくれないだろうか、見つからないかそわそわしていると鶴丸が当然のようにつづらの中に入ってきた。

「ちょっと、出てよ!見つかるでしょ!」

「まあまあいいじゃないか。ほら、秋田の声がするぞ」

ぐいぐいと私の隣に無理矢理収まると蓋を閉める。「ちょ、」と抗議しようとすれば「しー」と口に指をあてられた。誰のせいだと思いつつも口をつぐむと、「ええい!ここですね!」と障子がスパンと開く音がした。危機一髪である。

「声がしたと思ったんですけど…」

秋田の声が遠ざかるのを聞いて鶴丸と顔を見合わせると彼は満足そうな顔をしているであろうことが分かった。暗闇に目が慣れてくれば、思ったよりも近い位置に彼の顔があるのに気付き思わず俯く。いくらはっきり見えないとはいえ恥ずかしいものは恥ずかしいのだが、そんな私の気持ちを知ってか知らずか彼は私の背に腕をまわして抱きしめてきた。普段ならきっと突き飛ばしているだろう。しかし、この時だけは彼の心地よい温もりと香りに身を委ねてしまってもいいと思ってしまったのだ。初めて抱きしめ返せば彼の腕に力がこもり、余計に思考がまどろんでいくのを感じた。

「…君とこうしているのは、いいものだな」

「ずっとこうしていてもいいと思えるのはきっと、」

独り言なのか、私に語りかけているのか分からないがぽつりぽつりと呟く彼の言葉は、酷く甘く私の耳を侵していく。冷たい唇が触れたのと同時に、私は意識を手放した。





「…さむ」

手足の先から、体の芯まで凍ってしまうような寒気で目を覚ます。暗くて狭い、ここはつづらの中だろうか。隣を見れば何故か腕枕をしている鶴丸の姿が暗闇の中でもはっきりと見えていて、美しい金色の瞳がじっと私をみつめていた。

「やっと起きたな。眠っている君もいいが、やはり俺を見ている顔が一番好きだな」

「急にどうしたの…照れるから。ん、そろそろ起きなきゃ」

ぐっとつづらの蓋を押し上げた、と思ったが何故か蓋は開く気配がない。誰かが気づかずに上に物でも置いてしまったのだろうか。

「ねえ鶴丸、鶴丸も蓋開けるの手伝ってよ」

「なんで開ける必要があるんだ?」
全く意味が分からないという顔をして彼はきょとんとしている。

「皆探してるよ…多分もう夕方だよ」

話している間も懸命に蓋を押すがうんともすんとも言わない。閉所恐怖症ではないもののこんな狭い空間にいるのは居心地が悪い。「誰か!開けて!」と叫びながら、蓋を叩けば鶴丸が「なんだ怖いのか?主は初めてだからな」と、よしよしと子どもをあやすように手をやんわりと握り、背をさすってくるが薄気味悪さが消えることはない。むしろ触れられた部分から冷えていくのを感じ、ぐいぐいと鶴丸を押し返すが完全に抱き込まれてしまう。

「やだ、やだ!離して!早く出たいの!」

「大丈夫、大丈夫だ。俺がずっと一緒にいるからな」

恐怖で涙が滲んで頬を濡らしていくが、彼はどこか嬉しそうに涙を舐めとるだけでここから出る気などさらさらないようだ。三日月に歪む瞳を見ても何を考えているか全く分からない。私の知っている鶴丸国永はこんな男だっただろうか。もっと飄々として、悪戯が好きで…それでもどこか憎めないでいた鶴丸を思い出すと涙が溢れて止まらない。

「俺の知ってる主はこんなに泣き虫だったか?驚きだな。やはり主といると退屈しない」

「やめてよ…私の知ってる鶴丸はこんな酷いことしない…」

「そうだろうか?俺は五条の手によって打たれたその日から本質は全く変わっていない。それは君に出会ってから今この瞬間までも同様にだ。君にとって酷いことをしている俺も、俺そのものだ。そして何度折れても、打ち直されても変わることはない。だけど人間は違うだろう?今の主は俺に驚きを絶えず与えてくれるが、もし死んだらどうなる?魂は次へと廻るが、生まれ変わった主は俺が愛した君そのものなのか?なあ主、俺は今この時、俺とこの本丸で過ごした主が好きなんだ。君の前世にも来世にも興味はない」

「何を、言ってるの…?」
意味を考えるだけでパンクしそうな頭に彼は容赦なく言葉を続ける。

「俺は墓で初めて眠った時酷く寂しく思ったが、案外そこにいるのは嫌いじゃなかった。だがどうだ?墓を暴かれて無理矢理起こされたと思えば、そこには墓にいる時よりも退屈な日々が待っていただけだ。主に鍛刀された時もまた退屈な日々が始まるのかと思ったが、それは違った。俺に、一人で眠る以外の楽しみを初めて与えてくれた、…君が好きだ。いっとう好きだ。木刀が当たって気を失った君を見て、また退屈な日々が戻るのかと思ったら酷く怖くなったんだ。俺の愛した君が怪我の一つで壊れてしまうなんて御免だ。だから許してくれ、君にとって『酷い』ことをする俺を。俺は君が死んだあと、一人で今の君と同じ君が生まれてくることを待つことはできない」

全部君が悪いんだ、俺に生きる楽しみを与えたのだから、と続ける彼の声は掠れて小さかった。

私の気持ちなんておかまいなしか、だとか来世の私に少しぐらい期待してくれてもいいじゃないか、だとか次々と言葉は浮かんでくるが、どれも鶴丸の心には響かないのだろうと直感で感じ取る。
何も言い返すことのできない私を見て満足そうに彼の唇が触れる。さっきまでのような冷えていく気味の悪さがなかったのは、もう私自身が冷え切っているからか。


「もう墓は暴かれない。主、悠久の時を俺と過ごそう」


「冷たくなった私が本当に欲しかったの?」

私の返事など最初から求めていないのだろう。かぶりつかれた唇により私の言葉はかき消され、彼には届かなかった。





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