※皐月さまのリクより
「アキバ系で残念なヲタクエース
×みんなの視線を独り占め☆なアイドルルフィ」 です!多分
(1/3)
おれの天使は、液晶の中にいる。
「……という訳で、明日のバイトのシフト代わっ」
「断る」
「せめて最後まで言わせてくれねえか」
深夜2時、バイト先のレンタルショップ。陳列棚に商品を並べ直しながら、おれは目もくれず棚の向こう側にいる同僚のサッチに答えた。
目元にしばらく切っていない伸びっぱなしの前髪がかかるのを、軽く指でよける。
ただでさえこいつのために自分の予定を変更するなんて癪なのに、明日だなんてとんでもない。
「なー頼む、今度飯おごるから!R大の女の子と合コンなんてこの後何回あるか」
「あほらし。そんな理由でおれが納得すると思ってんのか。」
現実の恋愛なんて結局期待するだけ無駄。いい加減こいつもそれを思い知るべきなのだ。
そう、おれのように。
「…エース、なんならお前も一緒に」
「行くわけねえだろしつけーな!大体おれは、」
「あきらめろーサッチ。こいつ毎週木曜夜は絶対つかまらねえから」
「…――サボ。」
飄々と背後から現れたのは、みるからにリア充の空気を纏ったもう一人のバイト仲間兼大学の友達。実はおれたちにはもう一つ共通点があるわけだけど、それはまあ置いといて。
「おいサボ、」
「木曜?なんで?」
「知らねえの?『ルフィの食べ歩きデートプラン』」
は?というサッチの間抜けな声が宙に浮いた。
「やめろよサボ!!これ以上ファンが増えたらどうしてくれるんだ!!」
「エースうるさい。仕事中。あと髪切れウザい」
「なんつったサボ?ルフィの…?え?『ルフィ』ってあれだろ、男だろ?トーク番組とかによく出てる…」
「お前女のケツばっかおいかけてねえで話題作りも考えろよな。『ルフィの食べ歩きデートプラン』。ルフィがおすすめの食べ歩きスポット紹介しながらカメラの隣目線で歩いてくれるから、TV見てるだけでデート気分になれるという最高の番組だ。ホットワードだろ就職試験にも出るぞ」
「マジかよ!」
「知らねえけど」
さてそろそろお察しだろう。おれはいわゆる「オタク」という部類の人種である。そのなかでも「アイドルオタク」という、わりと世の中の一般人様方からは虐げられている種族。
冷たい目で見られることやネット上でもネタ扱いで馬鹿にされることも日常茶飯事。それでもおれたちは揺らがない。おれの店規定の制服であるエプロンの下のTシャツも、携帯の待ち受けも、パソコンの壁紙だって部屋の壁だってルフィの笑顔で満ちている。
ルフィの笑顔は揺らがない。ルフィはおれたちを裏切らない。だからいいのだ。
「というわけで、たとえ隕石が落ちてきても木曜はバイト変わらねえから。」
「ええ〜〜…。じゃあs」
「断る。おれだってルフィ観たいもん」
「最後まで言わせろっつーの!!つか何、サボお前もアイドルとか好きなわけ!?」
「お前も騙されてたのか。コイツ見た目リア充だけど中身はおれと同レベルだぞ」
「うそ!!」
そう、このいかにも爽やか好青年な見た目で周りの奴らはことごとく騙されているが、こいつだってひとたびスイッチが入れば「ルフィはおれの嫁hshs」くらいのことは平気で口走る。
携帯の待ち受けをルフィにしてパンピー様方に引かれるようなヘマは絶対しないが、おれは知ってる。こいつの画像フォルダにはルフィはもちろん2次元の美少女とかグラビアアイドルとか某アイドルグループの推しメンの子の画像が破裂寸前で収まっている。
「……なんなのお前ら…。女の子ならまだしも、男だろそいつ…。」
「お前ルフィがなんて呼ばれてるか知らねえのか。『国民の弟』だぞ。」
「はぁ!?」
「男とか関係ねえの。男女問わず可愛いもんは可愛いと思うもんなの。お前の眼は節穴だからわからねえだろうけど?」
いいこと言うじゃんなんちゃってリア充のくせに!
しかもここでは言わないが、おれにはもう一つどうしてもバイトを代われない理由があった。
いまや老若男女問わず人気をほしいままにしている「ルフィの食べ歩きデートプラン」。その放送1周年企画。抽選1名だけに与えられる特別企画の、当選発表当日。
内容は、「ルフィとの一日デート権」。
まさか当たるなんて思ってないけど、夢を見るくらい許されるはずだ。だって相手はアイドルだ。ひとときの夢を見させてくれるおれの天使。
TV放送も雑誌取材もなし。マネージャーもつかない完全デート。唯一証拠として一枚の写真を撮ることが条件だが、それだってスタッフの誰かがヤラセで撮ったってわかりゃしない。こうやってファンを浮かれさせておいて、当選者なんか実在しないんじゃないのかとすら思う。
それでも、夢を見るだけならタダだ。
「はあー、よくわかんねえけど、要するにおれはあきらめるしかねえってこと?」
「まあそうなるな。」
「せいぜい真面目に働いて女に貢ぐ金を稼ぐこった」
「…サボ…お前血も涙もねえな…?」
ちくしょう国民の弟がなんだってんだ、とルフィに不満を向け始めた不届き者約一名を二人がかりで伸してから、おれはその日のバイトを上がった。
夜勤明け、薄暗い朝の冷たい空気の中を、伸びっぱなしの前髪も、裾が伸びたルフィの写真入りTシャツも気にせず、俯き加減に家路につく。
帰ったら一眠りして、気が向いたら午後から講義に出て、腹ごしらえをしてTVの前でスタンバる。どうせ当たりっこねえ、と思っているのに、ほんの少しの期待が頭をもたげて足取りを軽くする。夢を見られるうちが華だ、なあルフィ、なんてTシャツの胸元の笑顔に話しかけてみたりして。
夢を見ているうちが華。そのはずだった。
「―――――は?」
当選者は、都内にお住いのペンネーム「火拳のエース」さん!おめでとうございます!!
あんまりにも軽々しいファンファーレに水を差すように、おれの手から滑り落ちた缶ビールがガコン、と音を立てて転がった。液晶の中で、おれの天使がおれに向かって手を振る。
さて、夢が現実になったとき。こういう場合の対処法を、某Gーグル先生は教えてくれるだろうか。
******
『ルフィとの一日デート、この幸運を引き当てるのは!?』
スタッフがあらかじめ抽選したのだろう、それでも山のように積まれた箱の中のハガキに、ニコニコしながらルフィが手を突っ込む。この映像はちなみに二回目。民放TV局のお決まりの陰謀で、決定的瞬間の前にCMを挟まれた後だからだ。
何度も何度も録画したそれを繰り返し見るが、どうみてもそれはおれが出した応募用のペンネームで、しかも直後にTV局のスタッフを名乗る女性から電話がかかり矢継ぎ早に日程やら時間やらを告げられ、そこから後の記憶がほとんどない。
どういうことだよ、といきりたつサボをどうやってなだめたのか、それすら覚えていないまま、いつの間にか約束の日になっている。ああオタクの神様、一体おれの時間をどこへ葬り去ったのですか。
集合場所に指定されたのは、駅から少し歩いたところのカフェの一席。デートなんて人生の中で経験するとは思ってなかったので、何着ていいかもわからない。結局なけなしの配慮でルフィの顔写真入りTシャツはやめたが、それだっていつ買ったかもわからないチェックのシャツに替えただけで、あとはいつものジーパンに裾を突っ込んで前髪で顔を隠して。
店員のまなざしが明らかに何しに来たんだよ、と物語っているのには気づいていたけどそれどころじゃなくて、せめて人の動きに背を向けるようにして座った。
そわそわ、というかビクビクしながら何度も何度も時計を見るが、約束の時間をもう15分近くは過ぎている。もしかしたらヤラセだったのかもしれない。ドッキリだったら痛すぎる。今のうちに帰ってしまおうか。あと30秒待ってこなかったらそうしよう。そうだこんな幸運あるわけない。アイドルがこんなところにわざわざおれに会いに来るわけが
「なあおい、お前か『火拳のエース』!?」
ガタタ、とものすごい音を立てて、おれは椅子ごと後ずさった。
垢抜けたスポーツ系の服装。男にしては細身の、だがしっかりした身体つき。さらりと音を立てそうな艶々の黒髪。小さな顔に載せた、満面の笑み。
液晶の中にしかいないはずの、おれの天使がそこにいた。
「……な、…ッ、…ッ」
「よかったーちゃんといた!ごめんな、撮影が長引いちまったのと迷ったので遅れちまった!迷ったっつーか店は見えてたんだけどさ、道聞いたそこの肉屋のメンチカツがうまそうでさ、あ、なあなあおねーさんカフェオレちょーだい!うんつめてーの!待っててくれてありがとな、えーとエースでいいか?あ、おれモンキー・D・ルフィ、よろしくな!!」
存じておりますええ存じておりますとも、と頭の中では答えているものの、完全にパニックに陥ってグラグラしているおれに頓着することなく、天使(3D)はおれの目の前の椅子に自然に腰かけて笑っている。
嘘だ。動いてる。かわいい。いやいやそうじゃなくて手を伸ばせば届きそうなところにいる彼は本物か?罪作りな最新の科学技術が生み出したバーチャルアイドルかなんかでは
「―――? エース、どした?待ちくたびれちったか?」
「〜〜〜!?」
ぺしぺし、と頬に感じるささやかな衝撃。テーブルに乗り出してこちらをまっすぐに見つめる黒い瞳が、近い。この肌で感じる細い指先の感触は、黒々と丸い瞳の艶は、
「……ほん、もの、だ…。」
ぱちぱち、と風圧さえ起きそうな大きな目で瞬きをしたルフィは、次いで心底おかしそうにけらけらと笑った。
今日一日よろしくなエース、と呆然としたままのおれの手を取ってぶんぶん上下に振り回す、あまりに天真爛漫で快活な天使。
これが、おれの夢の終わりで始まりだった。
******
「なー、お前なんでそんなガチガチなんだよ?歩き方おかしいぞ?」
「…すん、ません、ちょっと」
「なー敬語やめろって!あと猫背もったいねーぞそんな背たけーのに!うらやましー!」
「あ、いや、」
「しかもちゃんと筋肉ついてんじゃん!なに、なんかスポーツやってんの?」
「あ、いや、ジム通いと、と、時々、ど、土方のバイトを」
「ドカタ?」
「あ、道路のコンクリート敷く、仕事、を」
「うおーまじか!すげー!」
どれもこれも君のライブとグッズにつぎ込む金を稼ぐためでありライブで踊りまくる体力をつけるためですとまではとても言えない。
「いいなー、おれももっとカラダ作りたいんだけどなあ。仕事いっぱいいっぱいで最近何にもできねーし、学校もあんまりいけてねーし、もっとがんばらなきゃだめだなあ」
細い手首をプラプラと揺らしながら、少しさみしげにルフィが言う。
それは決して液晶には映らない表情で、なんだか、
「……る、ルフィ、は、頑張ってると思う。すごく。…すげえ、いいと、思う。」
ゆっくりとおれを振り向いて、ルフィがちょっとびっくりしたように目を見開いた。
余計なお世話もいいところの自分の発言におろおろして、綺麗な瞳を直視できないおれをじっとまっすぐに見つめたあと、ルフィはじわじわ内側からしみだすような笑みを浮かべた。
あ、かわいい、と思った。
そのままくしゃりと嬉しそうに顔をゆるめて、
「……やっと、名前呼んでくれた。」
ありがと、エース。そう言って、笑った。
******
というわけで。
そういってルフィがおれの袖をつかんでずんずん進んで行った先には、オシャレなんだか怪しげなんだかよくわからない内装のよくわからない店。パッと見は洋服のセレクトショップのようだが、どう見ても店員が、
「あアァァァァァアアアアら麦ちゃんじゃないのよ―――う!!おシサシブリねェェェいすっかりシティボーイになっちゃって―――ん!!」
「うひゃひゃボンちゃん相変わらずだなー!!元気かあ!?」
「見ての通りのオカマウェイよーん!」
オカマって言った。今自分でオカマって言った。
一体何が「というわけで」おれはこんな未知の国へ、
「…アラぁ?なによ麦ちゃん、ずいぶん惜しいダイヤの原石連れてきたじゃないのよーう」
「なー?オシイだろー?な、ボンちゃん、こいつおれの友達なんだ。もったいねーからカッチョいくしてやってくんねえ?金はわけわかんねえくらいあるからさ」
ちょ、
「ちょちょちょ、る、ルフィ、おれオカマはちょっと」
「なーによ取って食おうってんじゃないわよーう!まあその気になれば食おうって輩もいないわけじゃないけど、あいにくアチシの好みじゃないわねい!」
「…!?」
「えーっだめかボンちゃん!?」
「アチシが麦ちゃんの頼みを断れるわけないじゃないのよーう!マブから金はとれねえってもんよ、アチシが責任もって磨いてやっから持ってきな!!」
「うひょー!!やったなエース!!」
「何が!?え、ちょ、」
パチン、と妙に芝居がかった仕草でオカマ店員が指を鳴らすと、一体どこに隠れていたのか、ドヤドヤと店の奥から横から明らかに中身はおっさんのオネェさま方が現れて、
「連れてきな!」
「うそぉおおおおおおおおお!?」
「行ってらっしゃいエース、がんばってな〜!」
「何を!?ちょ、ルフィ、」
「あらぁよく見たら男らしいカオしてんじゃないのよぉ」
「怖がらなくてダイジョーブよお、やさしくするからぁ」
「……ひ、」
店の奥から響くおれの断末魔が、果たしてルフィに届いていたかどうかはわからない。
だが連れ去られる直前、ひらひらと笑顔で手を振るルフィとの間に、深い深い河が流れているように見えたのは気のせいじゃないと思う。
******
「―――ホラ、しゃんとしなさいよう!せっかくのスタイリングが泣くわよう!」
「おれが望んだわけじゃ、…すみません」
ぎり、とひと睨みを効かされて、蛙のように縮こまる。
店の奥で遠慮なく切られた髪の毛が軽くて落ち着かない。視界を遮るものがなくて、妙に世界が広い。
上半身のラインがはっきり出るシンプルなTシャツ。スリークオーターのチノパンは、いつも自分で履く位置よりだいぶ下のラインまでベルトを下げられた。少し浅い位置で頭に載ったメッシュ素材のハット。名前だけは知ってるメーカーの革のサンダル。
こんなのリア充の恰好じゃねえか。まだ自分で鏡すら見せてもらえてない。このままルフィの前に出るわけには、
「いつまでウジウジしてんのよう!行けオラァ!」
「うお!!」
ヤーサン級のドスが効いた気合入れで尻を蹴りだされ、おれはたたらを踏んでカーテンの外へ飛び出した。
レジの中で店番を兼ねて頬杖をついていたルフィが、ぱ、と弾かれたようにこちらを振り向いたのが見えた。ぱち、とかみ合った視線の先の、ただでさえ大きな瞳がさらに見開かれる。
やばい。やっぱダメかな。
「……。」
「……。」
「……び、」
「…び?」
「――……っくりした―――!!誰かと思った!!」
反応に困っておれが固まっていると、レジカウンターから弾丸のように飛び出してきたルフィが、体当たりの勢いでがし、とおれの二の腕のあたりを掴んだ。
「思った通りだ!やっぱボンちゃんに頼んでよかった!な、エースお前かっこいいんだって!そんな自信なさげにすんなよ!もったいねえよ!!」
黒い瞳がまるで子供の様にキラキラきれいに輝くから、ほんの少しだけそれに見とれていると、オラ猫背!と後ろから遠慮ない力でオカマ店員に叩かれて、電気ショックレベルの衝撃に飛び上がった。思わず伸びた背筋のままで、ルフィの向こうの鏡を見ると、ルフィと並んでもせめて場違いじゃないほどの、おれの顔をした男がひとり。
背後でニヤニヤしながらこちらをみつめるオカマたち。
こちらを見上げるルフィに視線を戻すと、ルフィは誰よりも嬉しそうに、思いっきり笑った。背筋を伸ばしたことで、ルフィがさっきより少し小さく、ほんの少しだけ、頼りなく思えた。
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