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「―――くそー、お前らがなんか企んでんのはわかってたのにな」
「…――あ?」
「…え!?サボ気付いてたのか!?」

してやったり、とご機嫌にデザートのタルトを味わっていたふたりは、サボが苦笑いを浮かべながら言った台詞に固まった。
ちなみに今日のメインは、エースとルフィ(8割エース)お手製のカレーだ。妙に鶏肉の量が多かったり、具材の大きさが個性豊かだったりするのはご愛敬で、おまけにルフィの左手には絆創膏が巻かれていたりして、そういうのを見ているだけで何倍にもおいしく感じられるものなのだと、サボは初めて知ったところだった。

「あ、でも安心しろよ。驚いたのは演技じゃねえから。」
「………ン何だよそれ――!!そういう問題じゃねェんだよ!!」
「なんで!?おれ超練習したよなエース!?」
「まあちょっとカタコトだったけどルフィにしては上出来だったよな。それ以前にお前ら二人とも、電話の声がでかい。その練習が丸聞こえ。」
「「そっちか――!!」」

ぐわああ、と揃って仰向けに倒れ込んだエースとルフィを眺めやりながら、サボは声を出して笑った。
そんなに残念がることないのに。なにせこのおれの涙を誘ったのだから。まあ、プライドにかけてそれは言ってやらないけれど。

「……まあでもほんとに、ありがとうな、ふたりとも。カレーもうまかったし、わざわざタルトも買ってきてくれて、ほんと最高の誕生日プレゼント、」
「―――え?ちがうぞサボ?誕生日プレゼントは別だぞ?」
「…え?」

向かい合ったまま、お互いきょとんとして首をかしげた兄弟を見て、ホント欲ねえなあお前、とエースが苦笑して立ちあがった。
勝手知ったる足取りでリビングを出てしばらくしたあと、エースは何か重みのありそうな大きな箱を抱えて戻ってきた。おそらくルフィの部屋に隠しておいたのだろう、それ。包装紙に包まれた中身は、見えない。

「プレゼントはこっち。おれと、ルフィから。」
「ふたり一緒でごめんな。でも、おれどうしてもこれ買いたくて」

開けてみろよ、とエースが楽しげに笑うのには答えられずに、ゆっくりと包装紙に手をかけて、丁寧にそれを開ける。
本体を見ずとも、包装紙をはがして出てきた段ボール箱の表記で、中身が分かった。

「…――すげ、ホームシアター…!?うわ、これブルーレイも観れるやつじゃん!まじかよ!高かっただろ!?」

心底驚いて、むしろうろたえてサボは二人の顔を見た。
ゼミの教授の手伝いのバイト入れてたんだけどな、それでもやっぱ足りなくてエースにスポンサー頼んだんだ。そう言って、ルフィは照れくさそうに笑った。

「まあおれとしては自分の利益もあるからな。おれんちDVD見れねえからよ、見たくなったらこっち来るんでよろしく」

軽口を叩きながら歯を見せて笑ったエースの顔はどこか誇らしげで、そして弟と同じように少しだけ照れも滲ませていて、ただ、今のサボにはそれをからかう余裕はなかった。

「――どうしても、これが良かったんだ。どうしても、これサボにあげたくて」
「………なんで、これ…?」

半ば呆然として問いかけたサボに、ルフィは珍しく、んん、と言い淀んで頭を掻いた。そのまま、目線を合わせずに小さく口を開いて、言った。

「……サボ、映画好きなのに最近忙しくて映画観に行く暇もなかっただろ。だから、家で好きなの観られるように、と思って」

それに、と続けて言った台詞はさらに小さい声だったが、それでもサボはそれを聞き逃さなかった。

「…――それに、これがあったら、サボ、うちに帰って来たくなるだろ。サボと一緒に、映画見てゆっくりできるだろ。…最近、ほんと、サボと一緒にいる時間少なくて、おれ、さみしかったから、…えーと、だからな、」

久しぶりに抱き締めた弟の身体は、記憶よりも少し硬く、骨ばっていた。

「…――さぼ、」
「ルフィ、ありがと。――ありがとう…。」

ぎょっとしてエースが目を見張ったのには気付いていて、申し訳ないな、とは思うものの、どうしてもこれ以上、この感謝の気持ちを弟に伝える術はなさそうだった。
頭を撫でたり、頬に触れたり、軽く腕に抱え込んだりすることはあっても、もう何年もこうして思いっきり抱き締めたことはなかった。

幼いころから変わらない、太陽のにおいを纏わせた髪。少し高い体温。
子供のころとは違う、華奢ながらしなやかに筋をまとわせた身体。戸惑いながらも、やさしくおおらかに包み込むように背中をさする、手のひらの感触。

この愛すべき弟が、ルフィがいる空間が、サボの幸せそのものだった。
このぬくもりが欲しかった。このやわらかな体温が欲しかった。自分に向かってやさしく差し伸べられる手のひらが、隣によりそってくれる肩が欲しかった。それは昔のことで、今はそれのどれもがサボのそばには揃っていたけれど、それをはじめに惜しみなく与えてくれたのは、いつだってルフィだった。

「…――ありがとうルフィ。……ごめんな。さみしい思いさせてごめんな。一緒に観ような。」
「…約束だぞ。絶対だかんな!」
「うん。…――うん。」

ぎゅうう、と更に力を込めたサボの腕に応えて、ルフィも今度こそ遠慮なくサボの背中に腕を回して抱きついた。ひさしぶりの体温が無性に嬉しくてそうしていただけだったのだが、それだけでは収まらない約一名が、ついに堪忍袋の緒を切って手を伸ばした。

「―――長すぎだ、サボ」
「わ!」
「おっと」

その逞しい腕でサボからルフィの身体を奪い取ったエースは、さっきまでの機嫌のよさが嘘のような仏頂面でこちらを睨みつけていた。
もーエース怒るなよ、とその腕にすっぽりおさまったルフィが子供を叱るような口調で咎めていたが、これでも彼にしてみればよくよく我慢した方なのだと、サボには解っていた。

出会ってまだそう長い時間は経っていないのに、まるで兄弟のようにごくごく自然に自分とルフィの側に在る、エース。サボが「優等生」の顔も「兄」の顔も脱ぎ捨てて、等身大の体当たりで接することができる、唯一の相手。
そうだ。彼との出会いをもたらしてくれたのも、ほかでもないルフィだった。

「―――おら!」
「……!?」
「ぎゃー!あはは、サボー!!」

エースと自分でサンドにするように、サボは彼には珍しい子供のような笑顔で、エースに抱えられたルフィに真正面から思いっきりのしかかった。

「ちょ、重いサボ!馬鹿ルフィが潰れる!」
「うひゃひゃ!すげー!サボが自分から来るの超レアだぞ!」

それぞれ言いたいことを言って騒いでいる二人の声を聞きながら、サボはルフィの肩に顔を埋めて目を閉じた。

「…――もーお前らほんと、最高。…ありがとう、な。」

ぎゅう、と腕に力を込めて、ふたりまるごと抱き締める。
少し茶化して言った礼だったが、サボのこれ以上なく真摯な気持ちは、その低い声の響きでふたりに伝わったようだった。

文句を言いながらもがいていたエースは、それを聞いて全ての動きをぴたりと止めた。諦めたようにひとつ、肩をすくめて溜息をつくと、サボとルフィを受け止めるように身体の力を抜き、後ろのソファに寄りかかった。

顔の横で、兄の少しくぐもった声を聞いたルフィは、しし、と声を漏らして誇らしげに笑い、いつもサボがそうしてくれるように、兄のやわらかい髪の毛をふかふかと撫でた。
それを胸元に視線を落として見ていたエースは、天井を軽く仰いで無気力に言った。

「……――全く、男三人ごちゃごちゃして何やってんだか」
「いいだろ別に、おれ誕生日なんだから。…あと言っとくけどなエース、先週お前何か知らんがルフィ泣かしたの、おれまだ許してねえから」
「「…――!?」」

サボがそう言った途端、エースとルフィは電撃が走ったように瞬時に顔を見合わせた。
お前言ったのか。言ってないそんなことしたらエースがぶっとばされる。と目線および激しく首を横に振る動作だけで会話を交わした二人を見上げながら、サボはエースに「白衣の悪魔」と称された笑みを浮かべた。

「大方昔の女に恨み買ったかなんかしたんだろうけど?…もちろん、うちの子にはちゃんと謝ってくれたんだろうな?」
「…ッ」
「サボ!!エースちゃんと謝ってくれたんだからもういいんだぞ!!さすがに部屋からストッキング出てきた時はショックだったけ」
「どわぁあああああルフィさあああああああん!?」
「あ、」
「……ほう、ストッキングねえ…?」

顔は確かに笑っているのに、地を這う様な声でそう言ったサボに震えあがったふたり、特にエースは、ひぃい、とひきつるような声を上げて抱きあった。
ルフィいままでありがとう、と遺言のようなことを言うエースを引き渡すまいとその癖っ毛の頭を抱え込んだルフィは、ゆるりと身体を起こした兄を見上げて必死に言い募った。

「サボ!!サボ、おれもう平気だからもういいんだぞ!!もう仲直りしたから大丈夫なんだぞ!!今日だってずっと一緒に準備してたんだぞ!!だめだぞ、エースぶっとばしたりしたらダメなんだからな、」
「…ふ、くく、」

あはは、と突然大口を開けて笑いだしたサボを見て、ふたりはぽかんと口を開けた。

「…あっは、お、お前らほんとに、」

それ以上言葉が続かず、更に笑い涙すら滲ませて笑いだしたサボを見、エースとルフィは顔を見合わせた。
……大丈夫なのか、コレ。うん、だいじょうぶみたいだな。再び目線及び首を縦に振る動きだけで会話を交わした、その後。

「……んだよもーおれ死んだと思った――!!」
「あっはっはサボこえー!!」

エースは両手で顔を覆って天を仰ぎ、ルフィは弾けたように笑いながら腹を抱えて笑っているサボの腕に飛び込んだ。
ルフィを再び胸に抱え込んで、またひとしきりサボは笑った。

プレゼントで帳消し、という訳ではないが、もともと二人の問題にあまり口出しをするつもりはなく、ルフィがまた幸せそうに笑っているから、まあそれならそれでいい、ただルフィの涙の分だけはきっちりお返しさせてもらおうと、その程度の気持ちだった。
だった、のに。

(……見せつけられちゃったなあ)

ああ、この可愛い弟はもうほかの男のものになってしまったのだ。
改めてそれを見せつけられたような気がして、サボは苦笑した。
だが、それを少しさみしく思うと同時に、これ以上望むのも贅沢だな、とも思う自分がいることにサボは気がついていた。

最愛の弟と、唯一無二の友。大事な存在にこうして全力で誕生日を祝ってもらえて、それだけで、サボの望むものは満たされた。幸せだった。
これじゃあ離れがたくなってしまうじゃないかと、少し未来が不安になってしまうくらいに。

「……――ルフィ、またエースに泣かされたら今度はちゃんと兄ちゃんに言うんだぞー?ちゃんと殴るか蹴るか締めるかくらいは選ばせてやるから」
「ししし!おうわかった!!」
「待て待て待てコラ!おれを何だと思って、ていうかいつまでそうやってる気だ!返せ!」
「返せとは妙なことを言うなエース。この子はうちの子です」
「サボにこんなぎゅーしてもらうの久しぶりだなー!!」
「だーもールフィ!こっちこい!!」
「ルフィはほんといい子だなー」

これ見よがしにルフィを抱き締め、そのなめらかな肌に頬ずりすると、ルフィはけらけらと声を上げて笑い、エースは心底焦ったようにふたりを引き剥がしにかかった。
てのひらに収まるような何でもない幸せを噛みしめながら、サボは笑った。

今度3人で会う時は、何か映画を借りてこよう。この部屋で、このソファで、3人並んで映画を見よう。おそらくルフィの好みのアクションものになるだろうが、それでいい。
ルフィがいれば、エースがいれば、それでいい。

vsエースのルフィをめぐる攻防戦は、祖父が電話をかけてくるまで続いた。
おうサボ、何歳になったんじゃお前、と受話器を取るなり大音響で切り出した祖父。
ぶすくれた顔でルフィを抱き締めるエースと、それを見てけらけら笑っているルフィを横目で眺めながら、サボは心底からの言葉で応えた。

「おかげさまで、22歳になったよ」と。
おかげさまで。その言葉の意味を、噛みしめた。

一人では食べきれなかったワンホールのケーキは、テーブルの上で空っぽになっていた。







サボお誕生日おめでとうおめでとうおめでとう!!

とんだ大遅刻でごめんなさい

20120401(lol) Joe H.