※卯月さまのリクより、「ピンポンシリーズでサボ兄ちゃんと仲良しなルフィとやきもちエース」

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一度聞いたことがある。普通の兄弟に比べたら、いろんな意味で明らかに距離が近い二人。ケンカとかしねえの?と。

「――ケンカ?んー、いわゆる兄弟喧嘩はしたことないかもな、そう言われてみれば。」
「サボに叱られるのはよくあるけどな!でもサボはリフジンな怒り方しねーし、大体しょうがないなっつって折れてくれるし」
「ルフィは素直だからすぐ『ごめんな』って謝ってくれるしね」
「ちげーぞ、サボが偉いんだぞ!」
「おれはルフィのほうがすごいと思うけど。でもありがと。」

そう言って柔らかく笑ったサボに頭を撫でられて、ルフィは気持ち良さそうに目を細めた。猫だったらゴロゴロとのどを鳴らして腹を仰向けに寝転がっていただろう。
ルフィはサボが大好きだ。サボもルフィが可愛くて仕方ない。それがビンビン伝わってきた。知ってたけど、それでもなんというか、そういう時のルフィには、おれに向けるのとはまた別の信頼感とか安心感があって、男として複雑な気持ちになったのを覚えている。

それでも、大事なルフィが大事にしてる相手はおれにとっても大事だし、サボがおれにとっても貴重な気のおけない友人であることに変わりはない。

長々と前置きしたがつまり何が言いたいかというと、この日はおれとルフィの二人にとって、決してスルーできない大事な日だと言うことだ。


「…―――こんにちは、白ひげ宅配便です!」
『エース!ありがと、ちょっと待ってな!』

インターホンが途切れるやいなや、待っていましたとばかりに開くエントランスをくぐり、いつものマンションに足を踏み入れる。
警備室の窓口の向こうでニコニコ笑う警備さんにおれも笑って頭を下げて、今日も今日とて中で何かがゴロゴロと音を立てる段ボール箱を抱えてエレベーターへ。
今日の中身は人参とか大根とか、ちょっと細長い系の野菜と見た。いつものように、ちょっとだけ開けてくれてる扉の隙間に向かって口を開く。

「ルフィさーんお荷物でーす」
「うひゃひゃ!何だそれエース気持ちわりー!」
「失敬な。一応仕事中だっつの」

けたけた笑いながらドアを開けてくれたルフィに軽口をたたきながら、営業スマイルじゃない笑顔が自然と零れているのを自覚する。そのまま玄関先に我ながら慣れた仕草で滑り込むと、廊下のフローリングの上に荷物を置く。

「ハイ、んじゃこっちにサインな」
「ん!」

するする、と伝票の文字によく似た豪快な筆跡でサインしたルフィは、満面の笑みでおれを見上げた。おれはそれに苦笑しながら伝票を受け取り、サインを確かめて腰元のサブバッグにそれを収め、ルフィに向き直った。

「…おしまい?」
「おしまい。」
「よっしゃ」

不器用なルフィにしては手際よく、慣れた手つきでおれの胸元のネームプレートを外す。ルフィが尖った安全ピンの針先を留め直すのを確認して、手元を覗きこんだ角度のまま顔を近づけた。陰が差したことに気がついたルフィが顔を上げ、その唇がいかにも「そうくると思った」、みたいに笑みの形に沿っているのをおれは確かに見たが、それに「生意気だ」と文句を付ける余裕もなく、そのままやわらかいそこに口づけた。

ふに、とやわらかく唇が沈み込む。ルフィの方からもこころなしか押し当てられているように感じて、そんな些細なことがどうしようもなく幸せだ。顔を固定する必要もなさそうだったから、おれは細い肩に置いていた手のひらをしなやかな腰のあたりに移して引き寄せた。
ルフィの腕がすらりと伸びて首に巻き付く。どちらからともなく唇を薄く開いて、互いのそれを甘く食む。

制服を着たまま交わすキスやハグは、いつもと違って妙なスリルというか緊張感がある。万が一すぐ後ろのドアを開けられたら、配達員とお客さん、しかも同性同士のおれたちがただならぬ雰囲気でくっついている現場が暴露されてしまう。
それでも、仕事中とわかっていても、どうしてもこの習慣だけはやめられない。
付き合う前は、仕事中にルフィに会えるというだけで楽しみで満足していたのに、今じゃもう触れなきゃ生きていけないとまで思う。
いつのまにおれはこんなに欲張りになっちまったんだろう。困ったもんだ。

「……ん、…エース、」
「しー。…もうちょっとだけ」

シャツの隙間からもぐりこんだおれの手が、腰の辺りのするっするの肌を直接触り始めたことに気付いて、ルフィは唇を離しておれを少し咎めるように見上げた。
それに構わず、抗議の声も塞ぐように深くルフィに口づける。優しくゆっくり上あごを舐め上げて、舌を絡めてちゅう、と音を立てて吸いあげる。こうすると、ルフィは気持ちいいのか途端に抵抗をやめておとなしくなる。
おれも別に何もここで一発おっぱじめようなんて大それたことは考えていなくて、ただ単にルフィのあったかい肌に触れていたいだけだから、このままもう少しだけルフィの唇と肌を堪能させてもらうことにする。
もちろん、それも時間と理性の続く間だけな訳だけど。

すると、ふと唇を離した合間に、ルフィが少しだけ潤んだ目で、それでもまっすぐにおれを見上げて問いかけた。

「……エース、明日はちゃんと休めそうか…?」
「…ん、ああ。そだな、このまま順調に行けば大丈夫そうだ。」
「そか。良かった。」
「お前絶対ばれんなよ。打ち合わせ通りだぞ。」
「ん。頑張るマス」

不安すぎる。

「…『どこ行くの?』って聞かれたら?」
「『エースと買い物に行ってきマス』」
「……『何買うの?』って聞かれたら?」
「『エースと服見てきマス』」

…うーん…。うん。微妙にカタコトだけど目が泳がなくなっただけ及第点か。

「…まあなんとかなるだろ。お前嘘つけねえからな。嘘じゃねえことしか言わなきゃいいんだ。ただし余計なことは言うなよ!『おれと買い物、服を見る』、これだけ!いいな!」
「了解デス」
「カタコト直せ」

どんだけ嘘つけねえんだコイツ。
まあそういうとこも可愛いんだが、今回ばかりはこれが最大の関門だ。

「いいな、サボの誕生日ふたりで驚かそうっつったのはお前だからな。がんばれよ!」
「おう!エースも仕事がんばれよ!」
「任せろ」

ごつ、と共犯者の顔で拳同士を突き合わせたおれたちの会話を聞いていた人にはもうおわかりだろう。
明日の休みはルフィとふたり、中心街の方まで出かけてサボの誕生日プレゼントを買いに行くことにしているのだ。ついでにサボが帰ってくる前に夕飯も作っておいて、サボが驚いているうちにサプライズパーティーに持ちこもうという計画だ。
サボがあの冷静沈着な態度を崩して目をまんまるくしているのを想像するだけで笑える。なんとしてもこの計画は秘密裏のうちに実行せねばならない。おれもルフィも宴好きで祭り好きだから、こういうことに対する準備と情熱は余念がない。

「…よし、じゃあそろそろ行くかな。配達しくじって明日にズレこんだら笑えねえしな」
「だな!仕事終わったらメールか電話してくれ。待ち合わせの時間とか場所決めよう」
「ん、わかった。」

いかにも楽しみでしかたない、という顔でおれを見上げて笑ったルフィは、手の中に握りこんでいたネームプレートを取りだして、相変わらずあぶなっかしい、まあそれでも幾分か慣れた手付きでおれの左胸に取り付けた。ささやかな逢瀬の終わりだ。

「…ん、よし。おしまい!じゃあなエース、いってらっしゃ、」
「―――ルフィ。まだだろ?」

ぱちぱち、と大きな眼で音さえ聞こえそうな瞬きをしたルフィは、ニヤニヤしながらひたすら待つおれの顔をそのまましばらく不思議そうに眺めていたが、そのうち何を要求されているのか気がついて、照れと躊躇が混ざった複雑そうな顔をした。

「……ええ〜〜……」
「なんだよお前からしてくれたんだぞ、最初の時」
「いや、だってあれはイキオイっていうか」
「嫌なのか?」
「い、や、じゃないけど」
「じゃあホレ」
「―――エース最近意地悪だ…」

微かに赤く染まった頬っぺたが可愛い、とか思ってるわずかな数秒。その間に、ルフィはおれの肩に手をかけて、
ほんの一瞬だけ頬に唇を押し付けて、離れた。
そのままの距離ではにかんで、誰もいないっていうのにおれにしか聞こえない小さな声で言う。

「―――いってらっしゃい、エース。…がんばってな。」

自分から要求した癖に、辛抱たまらなくなって全力でルフィを抱き締めてしまったおれが車に戻ったのは、結局ルフィに無理矢理ひっぺがされた後のことだった。


******


「……あ、これカッコイイ」
「…えー?お前のセンスよくわかんねえ相変わらず。とりあえず動物はいってりゃいいのか」
「ちげえぞ、つええやつがいいんだ」
「…――うーん…うん…そうか」

中心街のファッションビルの中にある、カジュアルな衣料品の店。サボがお前に服を買わせたがらない理由がわかった、と言って、レジで会計を済ませて戻ってきたエースは、おれが手に取ったTシャツを奪い取って棚に戻した。その通りで、今日来てる服も大体サボと一緒に買い物に行って買ったものだった。
パーツごとに色が違うクレイジーカラーのアウトドアジャケットに、下は膝丈のチノパンに黒いレギンス、それから細かく柄の入った靴下、いつものマウンテンブーツ。会った時にエースに「お前ほどレギンス着こなす奴見たことない」と言ってもらえたのは素直に嬉しかったが、見立ては全部サボだ。

「じゃあ今度エースが選んでくれよ、おれの服」
「……――――何その夢のような提案…」
「へ?何で?」
「いや、何でって、…いいの?」
「うん。エースもいっつもかっけーもん」
「……何と言ったらいいか」

ありがとうございます、となにか妙にかしこまって答えるエースは、今日は黒のジャケットの中にモノクロ写真がプリントされたTシャツを着て、ちょっとゆるいブラックジーンズを足首がのぞくくらいにまくっている。モノトーンで統一された服装に、赤茶色のデッキシューズがアクセントをつけていて、シンプルなのにそれが自然でカッコイイ。
高いものばかりを身につけている訳ではないが、見る人が見ればさりげなくこだわりのあるものを選んで着ているのだとわかるだろう。割とそう言うところは、サボとエースはよく似ている。

「……あー、でもな…」
「…?何?」
「いや、自分が選んだもん着せて脱がすのもいいけど、お前は裸におれのパーカー着てるのが一番可愛、―――ッてェ!!」

エースの自慢の腹筋に拳を叩きこんだおれは、いい拳持ってんじゃねえか、と呻いてうずくまったエースを置いて、競歩レベルの早足でその場を離れた。怒ってるんじゃなくて、色々思い出して思わず熱を持ったほっぺたをなんとか誤魔化したかったからだったが、むせながらも追い付いてきてしまったエースからは、どうしても逃げられなかった。

「――ぶはは、ゲホ、おいルフィ、顔まっ赤、」
「るっせえエースのエロ!さわんなー!!」
「あっはっは、おま、マジかわいすぎ、…あー腹いてェ!」
「もーはーなーせー!!」

げらげら笑いながら、それでもおれが逃げていかないようにエースは腕にがっちりおれをつかまえて離さない。そうこうしてもがいてるうちに、心底楽しそうに笑うエースを見てたら、恥ずかしいのとかちょっとムカついてたのとか、そういうもやもやが蒸発してなんだかどうでもよくなってしまった。
エースはこうやって楽しそうに笑ってる方がいい。こないだの浮気疑惑事件の時みたいな、あんな悲しい顔は見たくない。

おれの肩を抱え込んだまま、エースはごめんなルフィ、と誠意のかけらもなく笑い混じりに謝って、おれの顔をのぞきこんだ。
それでも、その声が優しくてやわらかくて、そんでおれはエースの笑顔が大好きだったから、しょうがねーな、という意味を込めて笑って、ちょっとだけその広い肩をどついて許してやることにした。

周りには、仲のいい兄弟がじゃれているように見えればいい。見えなかったらそんときゃそん時だ。
今は、エースに触れていたい。
そう思っていることが伝わった訳ではないだろうが、エースもちょっと嬉しそうに笑って大きなてのひらで頭を撫でてくれた。

「……よし、じゃあそろそろ本命獲りに行くか。もう何買うかは決まりだろ?ルフィ」
「おう!エースがあれでいいならだけど」
「おれもあれがいいと思う。つかあれしかねーわ。」
「よっしゃ」

に、とお互い歯を見せて笑いあうと、おれたちは肩を並べて歩き出した。目的地はお互い言わなくてもわかっている。
サボ、喜んでくれるといいな。サボならきっとどんなくだらないものでも喜んでくれると思うけど、でもやっぱり心底喜んでもらえるものをあげたい。いざ買うとなるとそんなちょっとした心配が首をもたげたおれの心を読んだみたいに、エースはサボ絶対喜ぶぞ、といって笑った。
おかげでおれはもう迷わずに、まっすぐに目的地へ向かって歩いていけた。

******

(…―――うー、やっぱ日が落ちるとまださみーな…)

駅からの家まで十数分の道のりを首を竦めて歩きながら、サボは目線の向こうに見える自宅マンションの明かりを見つめた。
いつもなら弟ひとりで待つその部屋の明かり。今日はエースも来ているはずだから、心なしかいつもより明るく温かみを増して見えるような気がした。

そこまで考えてから、サボはいや、と思いなおして考えた。そして確信した。そう見えるとしたら、おそらく自分がこのあとに待ち受けている出来事を予感しているからだ、と。

(―――ほんと二人して、嘘が下手くそなんだから)

思わず暗い夜道でひとりくつくつ笑いながら、サボはさてどう反応してやろうか、とこの後の展開を思って思案を巡らせた。そうしていると、いつのまにか季節の変わり目の寒ささえ、どこか和らいだようだった。


「…―――ただいま、…あれ?ルフィ?」

鍵を開けて部屋のドアを開けると、外から見た時は確かについていた電気が消え、部屋の中は真っ暗だった。――リビングの中から漏れる、ほのかな明かりを除いて。
ぼんやりと揺れるその明りを頼りに、リビングのドアに手をかけた。

「ルフィ?――エース、…、」

ドアを開けて、サボはその揺れる明かりの正体を知った。
リビングの真ん中で主を待つテーブル。その中央。ろうそくに灯る明かり。それに照らされてつやつやと光る、ワンホールのフルーツタルト。

だが、ぽつんと残されたそれのほかに、サボが求めた姿はなかった。

(…――ああ、)

すう、とサボは自分の奥底に閉じ込めた冷たい記憶がよみがえるのを感じた。
エースも、祖父も、そしてルフィさえ知らない、昔々の冷たい記憶。サボが、「ひとり」で生きていたころの、記憶。

ぽつんとテーブルに残されたケーキ。冷たくなったごちそう。欲しいと言った覚えもない、山積みのプレゼント。
そこに、ぬくもりはない。

(……―――おれが、ほしかったのは)

サボが、どんなプレゼントより欲しかったのは、



「―――――はっぴばーすでーとぅーゆー、」

は、とサボは息をのんだ。
背後から聞こえた歌声に、振り向こうとした。だがそれは、胴に回ったあたたかい締めつけに阻まれて、叶わなかった。
やわらかな歌声は、そのまま続いてサボの背中に直接響いた。

「はっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでーでぃあサーボー、」


片手で、目元を覆った。


「…――ハッピーバースデートゥーユー。…おかえり、サボ。―――誕生日おめでとう。」

部屋が暗くてよかった。心底サボはそう思った。そうでなければ、必死でこみ上げるものを堪えるこの顔を晒す羽目になっただろうから。

「―――ほらサボ、早くろうそく吹き消せよ!溶けちまうぞ!!」

その後ろから現れたエースが、なにも気付かないふりで肩を叩いてリビングの中へ入っていくのを、サボはくしゃくしゃの笑顔で見た。わざと少し乱暴な、ぶっきらぼうにも思える口調で。本当に、弟と同じくらい、嘘が下手だ。
サボ早く早く、と後ろから抱きついたまま、ルフィがサボの身体をタルトの方へ押し出した。
エースが得意げな笑みでサボの目線まで掲げたタルトは、ルフィとエースしか知らないサボの隠れたお気に入りだった。スポンジケーキよりタルトの方が好きだなあ。そう零しただけだったはずの、それ。

あたたかい、ろうそくのあかり。
血のつながりはないはずなのに、よく似たふたつの笑顔。

(……―――最高の、誕生日プレゼントだよな)

サボは、思いっきり明かりを吹き消した。
ルフィとエースの歓声と同時に部屋が真っ暗になったのをいいことに、サボは少しだけ俯いた。
目頭に滲んだ涙を、こっそり指で拭った。