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「――――っていう友達が、いてな…。」
「…トモダチ?……わたしの知ってる子?」
「え…!?あ、いや、知ってるっつか、…いや!いや知らねえ奴!!」
「ふーん。…それで?『彼氏』はなんて言ってんの?私には浮気としか思えないけど」
「―――エースはそんなことする奴じゃねえ!!」
「… 『エース』ねえ。ふーん」
「…あ…!!いや、えと、そいつとも、友達で、」
「ふーん…。ま、いいけど。ルフィはそれでいいわけ?」
「……そりゃ、直接話は聞きたいけど、…でも、なんか、100万が1何かあったら、って思うと、会うの怖くて……、…――って、え?」
「…呆れた。」

友達が、なんて今時そんな使い古された手段使ってくる奴そうそういないわよ。
ナミはそう言って、学食のコーヒーじゃやっぱ大しておいしくないわね、と何事もなかったかのように呟いた。

「―――…え、…え!?おれいま、え!!?」
「『彼氏』なんでしょ。いいわよ今更引いたりしないわ。あんたが時々超嬉しそうに電話してる相手が男の声だとか、香水なんかつけないあんたからここ数カ月いきなり男ものの香水の匂いがするとか、年末に選んでたプレゼントが全て男ものでしかもお兄さんにあげるやつじゃないってこととかいい加減感づいてたもの」

春休み中で、サークルや部活がある学生しかいない大学構内。たまり慣れた学食のいつものテーブル。
ナミの爆弾発言に力が抜けたおれの手から、フライドポテトが一本ぽろりと落ちた。
誰かに相談したくて、でもサボに言ったらエースが殺されるから、友達の話という設定でナミに持ちかけた。色々無理があるし自分のウソの下手さもわかっていたから、そのうちボロが出るとは思っていたけど、まさかこんなあっさり。

「……―――女、って、こええ…」
「なあに?」
「ナミさんすげえです…。」
「ありがと。――で?エースさんだっけ?あんたはどうしたいのよ」
「どうしたい…つか…」

煮え切らないおれの返事を、おれのポテトをつまみながらしばらく待っていたナミだったが、それでも言葉が続かないおれを見て、腰を据えて向き合う体制に座り直した。

「わかった。言い方を変えるわ。――このまま何もしない気?」
「……。」
「私の見解を言わせてもらうわよ。仮にアンタの言う通り浮気じゃないにしてもよ、このまま何もなかったことにはならないわ。……このままずっと、お腹ん中にしこり抱えたまんまで付き合ってくの?」
「―――!」

心のどこかで、おれも気付いていたのかもしれない。このままじゃいられない。エースの眼を真っ直ぐ見て話をしなきゃいけない。見ないように自分で蓋をしていたところを、容赦なく明るいところへ引っ張り出されて暴かれたような気がした。ナミの言葉に大袈裟なほど身体が震えたのは、多分そういうことだったのだと思う。

「……でも、おれ…」
「このままズルズル引き延ばしてどうなるのよ。――黙って待つのも悪いとは言わないわ。そっちの方がむしろカッコいいのかもしれないわね。余裕とか、信頼とか、それをそう呼べなくもないものね。」
「……。」

いつもなら真っ直ぐ見て話ができるはずのナミの眼を、この時はなぜかあまり長く見てはいられなくて、おれは俯いた。無意識に、ジーパンのポケットに手を触れた。ポケットの中に収まった手のひらサイズの感触。エースにもらった、エースとおそろいのキーケース。
中に収まった二つのカギ。サボと暮らす家のカギ。エースがくれたカギ。
エースが、おれだけにくれた鍵。

「でもねルフィ。あんた『側にいるのがつらい』って言ったんでしょ?向こうの方がよっぽど怖いし焦ってると思うわよ。絶対自分からは会いに行けないもの。ホントにあんたのことを想ったら。」
「…。」

「もう一度聞くわよルフィ。――何もしないで、このまま黙って待ってるわけ?」
「……。」

言いたいこと言わせてもらうわよ、ルフィ。
そう言ってナミはテーブルに身を乗り出した。

「らしくないのよ。黙って待つあんたなんて。躊躇とか、我慢とか、そういうのあんたに一番似合わない!」

爪が綺麗に整えられた指先で、鼻の頭を軽くつままれる。ふわ、とオレンジとかレモンとか、そういうスカッとするようなにおいがナミの動かした空気に乗って香った。

「大丈夫。あんたが選んだ相手だわ。大方昔別れた女が嫌がらせしたかなんかじゃないの。あんたが一番わかってるはずよね、『そんなことする奴じゃない』って。でしょ?」
「いいから言いたいこと言いなさい。彼氏に。あんたの彼氏よ。ほかの誰かのじゃないわ。『不安で仕方ないから、自分の前でハッキリ説明しろ』って言いなさい!らしくないのよ、黙って見てるあんたなんて!」


「――――ナミ」
「……何よ」

「おめえいい奴だなあ」

ぱしぱし、とマスカラが綺麗に塗られた長い睫毛がしばたいた。
そのまま、ふ、と前髪を吹き上げて、ナミは言った。

「………今更?遅いわよ」
「だな!」

おれはそのまま立ち上がると、ジャケットを羽織ってあわただしく鞄を手に取った。

「わり、おれ行くわ!」
「ハイハイ。ご健闘をお祈りしてます」
「あ、ポテト食っていいぞ!ありがとなナミ!」

それだけ言うと、おれはもうまっしぐらに出口に向かって学食内を走りだした。向かうはエースのアパート。エースの帰りを待って、おれが思ってること全部話して、そんで、エースの話も全部聞こう。いっぱい話そう。いっぱい聞こう。我慢してたことも、全部。

「―――ルフィから食べ物貰うなんて。一生に何回あるかしら」

ナミがそう言って溜息交じりにポテトを口に咥えたのも、おれは知らない。


******


―――エース、今日もお疲れさん!
メールたくさんくれたのに、返事しなくてごめん。ホントにゴメン。
会って話したい。部屋で待ってるな。

ほぼ惰性のような、機械的に仕事をこなす中にルフィから入ったメール。お疲れさん、という最強の癒しフレーズ。部屋で待ってるな。その一言が心臓に熱く熱く突き刺さって、いつまでもじんじん疼いた。3日ぶりの、ルフィのメールだった。

ルフィのメールは、ルフィ自身の、飾らない芯からの言葉で書かれているから、ルフィの声で再生される。このメールのルフィは、何の含みもないいつもの笑顔で笑ってる。おれに真っ直ぐ向き合って、心ん中でもやもやぶくぶくわき上がっているだろう不安も疑念も全てさらけ出してくれようとしてる。それがわかった。

おれの悪い癖だ。ルフィに心配かけたくない。ずっと笑ってて欲しい。そう思うからこそ一人でなんとかしようと腹ん中に全てため込んで、結局ルフィに寂しい笑い方させる。不安にさせる。

バイクを降りて、全速力でアパートの階段を駆け上がる。部屋に着くまでのあらゆる動作を、限りなく短縮したかった。妙に呼吸がしにくいことも、今はどうでもよかった。ジャケットのポケットに片手を突っ込んで、いつもの皮の手触りを探り当てる。薄暗い廊下の明かりで鍵穴を探り当て、鍵を差し込む。
早く。一秒でも早く、この扉を開けて、

「――――おかえり、エース。…すっごい足音聞こえ、」

黄色みを帯びた明かりの下で笑ったルフィの言葉を遮って、おれは全身で細い身体にぶつかって抱き締めた。


「―――エース…。」
「……。」
「…ッ、エース、ごめんな…!」
「…やめろ…!お前が、謝んな…!!」

靴も脱がないまま、玄関にへたりこんで力一杯抱きしめた。
さらさらの黒髪をかき乱して、小さな頭をわし掴む。華奢な肩に顔を押し付ける。背骨も折るくらいに細い背中を掻き抱いた。
胸が詰まる。息ができない。失うかと思った。このぬくもりを、やさしいにおいを、失ってしまうかと本気で思った。潤んだルフィの声に、おれも柄にもなく涙腺が弛んだ。怖かった。本当に怖かったのだ。

「――エース、おれ、ちゃんとエースと話したくて、」
「わかってる。全部話す。お前を裏切るようなことは全部ないから、だから、」

頼む。キスさせろ。死にそうだ。

あまりに飢えたようなおれの様子に驚いたのだろう。ルフィがその大きな眼を見開くのが一瞬見えたが、もうそれが我慢の限界だった。
何か言おうと開いた唇めがけて、おれは餓死寸前の肉食獣か何かのように噛みついた。
そのまま押し倒してしまったのは完全にはずみだったけど、もう止められそうになかった。

やっと、息ができた気がした。



「……―――まあ、早い話が元彼女なんだけど、…おれが、自分より明らかにお前を大事にしてるのが、なんでか、バレた、らしく、…嫌がらせっつーか、腹いせ、っつーか…。」
「……ナミさんビンゴです…」
「なに?」
「あ、いやゴメンこっちの話!…続けてくれ。」

おれはそう言って先を促したルフィの言葉に従って、顔を覗きこもうとした首を元の位置に戻した。今思えば、あの時何かを脱ぎ捨てたような、という印象を受けたのは、その通りストッキングを脱いで生足でハイヒールを履いていたからだったのだ。全く、男の目ってのは見てるようで何も見えてない。

布団の中、お互い裸で抱きあいながら、おれはぽつぽつと状況を説明していた。嵐のような激情は立て続けに何度も身体を重ねたことでようやくどうにか収まったが、こうして冷静な頭でルフィをみると、もう至るところにキスマークやらおれの指の痕やら、果ては歯型までついていて、さっきまでのセックスがいかに獣じみた非理性的なものだったか改めて思い知る。ぱっと見これは虐待かDVだ。
でもどうしたって止まらなかった。おれのもんだってこの身体に刻みつけて、もう絶対離れないようにしたかったのかもしれない。噛みついて歯でその感触を確かめて、夢じゃないことを確かめたかったのかもしれない。

終わって過呼吸寸前の嵐のような息の中、ルフィは覆い被さって肩を揺らして息をするおれを見上げ、食われるかと思った、とうるうるの涙目で呆然と言った。本気でちょっと怖かったのだろう。おれの馬鹿。ケダモノ。ルフィフリーク。
そのままゆっくりじわじわ抱き締めて謝ると、ルフィはそんなひどい抱き方をした張本人のおれの首に自分から腕を巻き付けて、あろうことかぎゅーっとしてくれた。これだから敵わない。こいつから離れて生きるとか、もうおれには考えられない。

「――うん。それで、えーと…、なんつーか…まあ、ヨリを戻したいと、言われててですね…。」
「………ん。で?」

こころなしかルフィの声が低いのは気のせいだと思いたい。

「断ったんだ、おれ。当たり前だけど。ヨリ戻す気もないし、会いたいって言われたけど、会う気も全然ないし、…もう、大事な奴がいるからって。そう言ったんだ。」
「…ん、ありがと。」
「いや、当たり前だろ。……ただな、」
「ただ?」

する、と前髪をすべらせて、ルフィはおれを上目遣いで見上げた。う、腕ん中からの上目遣い可愛い。…いやいやだめだ止まれおれ。キスはまだだ。まだ大事な話の途中だ。
ごく、と生唾を飲み込んで、おれは再び口を開いた。

「―――ただ、これは、おれが悪いんだ。ぶっちゃけ。」
「……?」

あーあ。おれがどんだけ最低男か、ルフィにバレちまうな。

「……あの人には、わかってたんだ。おれが、最初っから好きで付き合ったんじゃないことくらい。」
「…好きじゃ、なかった…?」
「…ここからは、自分で言うの、だいぶキツいんだけど」

思わず、ルフィのつぶらな黒い瞳から眼を逸らした。とてもじゃないが、この綺麗な眼を見て言う自信がおれにはなかった。

「――別れたのは、彼女から付き合って2週間で指輪が欲しいって言われたから、なんだけど。彼女も、多分、すぐじゃなくても、おれが、結婚、とか、そういうの、考えるようになれば、それでよかったんだと、今は、そう思うんだけど、……ほんと、おれ最低で。そのまま、別れちまったんだ、アッサリ。話し合おうとも、しなかった。」
「……。」
「もっと、大事にしてあげてれば、最初っから傷つけないで済んだし、せめて、もう少し気持ち良く別れられたかも知れないのに、おれが、ほんと、クソ野郎だったから。」
「……。」
「だから今回のことだって、おれ、自業自得なんだって、わかってんだ、それは。――だけど、」
「エース、」

布団に横たわったまま、電気が消えているのをいいことにおれは俯いてルフィの真っ直ぐな眼から逃げた。最低な自分をさらけ出すのが怖かった。ルフィを失う、ほんの1ミリほどの可能性がどうしようもなく恐ろしかった。

その弱っちい、カッコ悪ィおれをまるごと抱きしめて、ルフィはもういいよ、と言った。

「――もういい、エース。わかった。だから、最初っからおれに話してくれなかったんだな。」
「……ごめん、本当にごめん。また、おれ、お前を泣かしちまった」
「もういいよ。…おれこそごめん。エースのこと信じてたのに、ほんのちょっぴりだけ、信じきれなくて。それが怖くて、逃げた。」
「……。」

やさしく髪を撫でるルフィの手。額を押し当てた滑らかな肌。やわらかい声。それらが、おれの中のどこか深いとこをゆっくりゆっくり溶かしていくから、ともすれば溶けたそれが眼から零れ落ちそうで、おれはそれが嫌で眼を閉じて、ルフィの胸に顔を押し当てた。

「ごめんな…エース…。おれがもっと強かったら、エースにつらい思いさせなくて済んだのに」
「……お前が謝ることじゃない、けど、…ぶっちゃけ、すげー怖かった。」
「…ん」
「お前に、別れるって言われたら、…おれ、もう生きてけねえって、」
「……ん。ありがと。おれも。…おれも、エースと別れなきゃいけないのかな、って思ったら…、ッ、ぅ、すげ、こわ、くて…!」

限界だった。
おれは、もう溢れそうになるいろんなものを必死で押しとどめながら、ルフィの腕をふりほどいて上から覆い被さった。両手で耐えきれない涙を覆いかくして、声を殺して泣くルフィを、頭からまるごと呑みこむようにして抱き締めた。
愛しい。愛しい。この恐怖の分だけ、いとしくて、この愛しさの分だけ、離れるのが恐ろしかった。

結局のところ、おれたちはふたりとも、同じ所でつまづいてぐるぐるしていただけなのだ。

もう迷わない。図体ばかりでかいおれのこの手でも、まだまだいろんなものが余ってぽろぽろ落ちていく。もうそれを一人でどうにかしようなんて、思いあがったことは考えない。ルフィに全部話して、その華奢な両手で、おおらかな腕で受け止めてもらおう。
その代わり、その細い身体は、おれが守る。大切にして大切にして、抱き締めて囲い込んで、こいつを傷つけようとする全てのものから守る。

そうして言葉では伝えきれない「大好き」を、「愛してる」を、少しずつ少しずつ、その身体に満たして行こうと思う。
そうしていつか、おれにはお前だけなんだって、どうしようもなくお前だけなんだって、思い知らせてやろうと、そう思う。

ひとまず一件落着だ。
このままルフィを抱き締めて、久方ぶりにゆっくりぐっすり眠ったら、明日は女性向けに可愛らしく包装された菓子類を買いに行こうと思う。ルフィと一緒に。

数日後は、ホワイトデー。もう2度と浮気疑惑なんか持ち上がらないように、後腐れのないように、ちょっと奮発していい菓子を買って、バレンタインにチョコをくれた女の子たちにひとつひとつお返しして、そんでハッキリ言おうと思う。

ルフィを泣かせないためなら、配達先で堂々と恋人います宣言をすることくらい、朝飯前だ。
願わくば、血のホワイトデーになりませんことを。アーメン。












亜城さんのリクエストで、「ピンポンエールでどちらかの浮気疑惑→喧嘩→仲直り」でした!
喧嘩してねえ!!wwwwww

すみません、どうしても、ピンポンの二人だと疑惑が浮上した時点でこういう展開に…キィイ…!亜城さんごめんなさい…本当に…orz

一度書いた奴を半分丸々削ったり、珍しくなかなか進まなかったのですが、それは書きたいものが多すぎたせいでですね…。あーもっとモヤモヤさせたかった!笑 でもこいつらには3日が限度だった!www

亜城さん、お待たせしました…!!本当に素敵なリクをありがとうございました!

2012.3.12. Joe H.