※けいさまのリクより「ハードロックカフェの店員エース×客ルフィ」です。
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「な、ルフィ!今週どっか夜空いてねえ?」
「んー?あー大体空いてるけど、なんでだ?」
「飯食いに行こうぜ!安かねえけど味と量は保障する!おれどうしてもその店で見たいもんあるんだ」
「? 何だそれ?どこの店?」
「ハードロックカフェ!」
それが、ルフィが初めてあの店に足を踏み入れるきっかけだった。
電車で大学から5駅。ふたり並んで改札を出たルフィとウソップは、ウソップが半歩先で先導する形で歩き出した。改札を出てすぐ左。そこが目的地だった。
「ウソップがそんなにロック好きとか知らなかったぞおれ」
「いやーロックが好き、っつーか好きなバンドがあってさ!そのギタリストが使ってたギターが置いてあるらしいんだよ」
「……ふ―――ん」
「大丈夫だルフィ、お前に一緒にはしゃいでもらおうとは思ってないから。お前はおれを引っ張って店内に突撃してくれりゃあいい」
「オッケー任せろ!」
じゃあ遠慮なく食おう、とルフィが意気込んだのは、店の前に出ている看板がそれはもう見事にルフィの胃袋に訴える内容だったからだ。明るいカラフルなネオンに照らされた、アメリカンサイズのバーガーにフィッシュアンドチップス、リブやステーキ、ハンバーグ。すでに瞳を肉色に輝かせたルフィは、早速ウソップの腕を掴み、ぐいぐい引っ張ってその重厚なドアを押しあけた。大学生には敷居の高そうに見える、ちょっと薄暗い店内を見ていつものビビりが出たウソップにとってみれば、これも当初の目論見通りだったわけだが。
チリンチリン、とドアベルが鳴ったのに反応して、ドア前を通り過ぎようとしていた店員が振り返った。
「―――いらっしゃいませ!……2名様でよろしいッスか?」
鳴り響くロック調のBGMを掻い潜り、ドア付近でそう声をかけてきたのは、店既定の制服なのだろう、黒いシャツとパンツ、それから同色のショートエプロンに身を包んだ、ホールらしき背の高い青年だった。羨ましいくらいの均整の取れた身体つきと端整な顔立ち。制服に合わせたのか、黒のハットが黒髪に乗っているのが素直にカッコイイ。それなのに、その頬に散ったそばかすが親しみを誘って、何よりその笑顔が気取らない。対面一発目で、ルフィはこの青年が気に入った。
「おう!2名サマだ!」
「…ぶはは!煙草…は吸わなそうだな?禁煙席でよろしいですか。」
「ん、いーよなウソップ?」
「お、おう!」
明らかに場慣れしていないウソップと、物怖じしないルフィの振る舞いが微笑ましかったのだろうか。青年はくつくつと喉で笑いながら、メニューを手にとってどうぞ、と二人を奥の方へ促した。その広い背中を追いながら、ルフィはぐるりと視線をめぐらせた。
壁に掲げられたガラスケースの中には、年季の入った衣装や、折れたギター、それからサインの入ったレコードなどが誇らしげに掲げられていた。よく見れば一つ一つに説明書きがついているようだったが、ルフィには全くよくわからなかった。多分、あれらの中のひとつがウソップの言っていた品物なのだろう。
いらっしゃいませ、と笑顔で通り過ぎてゆく店員たち。皆一様に黒の制服に身を包んでいるが、その着こなしは三者三様だ。帽子や髪型、アクセサリー、それから至るところにちりばめられた、ギターや店のロゴをかたどったバッジ。それらが店員それぞれの個性を引き出してきらきらと輝いていた。
「こちらにどうぞ。」
まだ時間も早い方だったからか、子供を含む家族連れや学生らしきカップルがちらほらと座るだけのテーブル席エリア。そのうちのひとつにルフィ達をすすめてメニューを置いた店員は、ドリンクだけ先にお伺いしてもいいですか、と尋ねた。
未成年の上、お互い目的は違えど酒を飲むのが目的ではないことは一致しているルフィとウソップは、膨大な種類のカクテル類を素通りしてさっさとソフトドリンクを注文した。かしこまりました、とまたあの笑顔で応えた店員は、胸元に提げたIDを揺らしながら背を向けた。ほかの店員とは異なり、彼はシャツやエプロンにはバッジをつけてはいなかった。帽子に2つ3つ、それからIDのストラップ部分のラインを飾るように並ぶそれ。そのきらめきを眼で追っていたルフィは、偶然目に飛び込んできたその情報が、するりと頭の中にまで滑りこんできたのを自覚した。
エース。ポートガス・D・エース。それが彼の名前だった。
******
「―――ルフィ、ちょっと店ん中見てきていーか?」
「ん、」
フォークを置いてそわそわしだしたウソップがそう切り出したのに応えるべく、ルフィは口の中のポテトをもぐもぐしながら顔を上げた。
「あんだ、いっかったか、いたはったひたー?」
「おうみっかったよ見たかったギター。多分向こうのあれだ。いいからお前は食ってろ、おれはもー腹いっペーだ。」
ごくん、と頬袋の中身を飲み込んで、ルフィは改めて頷いた。
「おうわかった!いってら!」
「さんきゅー。荷物、と残りのメシの処理よろしく」
「ん!!」
そう言って揚々と立ち上がったウソップの背中を見送って、ルフィは再び皿の上に向き直った。メニューを一目見た時は、一品一品の料金がほかの店と比べて高いことに驚いたが、いざ料理を見てみればその理由がわかった。とにかくでかい。量が多い。それでも見る人が見れば、アメリカンサイズでジャンキーなフードは、決して安っぽい油っぽさだとかそういうものはなく、きちんと手の込んだ調理をされているものだとわかっただろう。
途切れることなく流れる激しいBGMや、モニターに映るアーティストたちは、ルフィには名前も曲名もわからないものばかりだったけれど、でもおれこの店好きだ、とルフィは素直にそう思った。
フィッシュアンドチップスの大皿から大きなフィッシュフライをフォークで2等分にし、それでも大きなその一切れをあんぐりと開けた口に放り込んだルフィは、咀嚼しながらウソップの向かった方を見遣った。
壁のガラスケースに収まったギターの前で、ウソップは別の店員に話しかけられて飛びあがっていた。今時珍しいリーゼントヘアが目を引くその店員は、親しげで快活な笑顔を浮かべてウソップに何かを語りかけていた。それを聞いていたウソップの眼がみるみる内に輝いていく。そのまま会話を始めたふたりは、どうやらそのギター由来のバンドに関して共通の好みを持っているようだった。
「ストーンズファンか?友達」
唐突にかけられた声に、ルフィはほんの少しだけ驚いて振り返った。フライを咀嚼しながら眼を見開いて見上げるルフィにひとつ小さく笑ってから、彼は気にせずそのまま続けた。
「ロン・ウッドのギター、見に来るファン多いんだよな。」
「……そうなのか。おれ全然わかんねえんだ。あいつに連れてこられただけで」
「だと思った。おれも最初は全然ロックとか興味なくて、まかない目当てでここのバイト始めたんだけどさ、いつのまにか覚えちまって」
「そうなんか!メシうめーもんなここ!全部でっけーし!!」
「だろ?…にしてもお前よく食うな。そのほっそい身体のどこにそんな入ってくんだと思って、実はさっきからずっと見てた。」
そう言ってからから笑った彼は、空いたバーガーの大皿を持ち上げると、ドリンクは?と軽く尋ねた。言われてみれば、ルフィのコーラのグラスはほぼ氷ばかりになっていた。
「じゃあジンジャーエール!」
「かしこまりました。」
ハットの下からそう穏やかに答えると、彼、「エース」は背を向けてキッチンの方へ向かって行った。ひとり置いていかれたルフィを気遣って話しかけにきてくれたのだろうか。いい奴だ、とルフィはますます彼に好感を抱いてその背を見送った。
と、その道のりで、ほかのテーブルからのオーダーを受けたエースは、そのまま何かを確認するかのようにごくごく自然に近くのテーブルに目を向けた。
なんとなくその視線の先を眼で追うと、そこに座っていたのは小学校に入ったばかりかというくらいの男の子と、その両親らしきありふれた家族連れだった。
いうなればちょっとやかましい、そして独特の雰囲気のあるこの店だが、ああいう家族連れの客も来るんだな、とルフィはなんとなくそれを見ていた。なんとなくそう思っただけだった。エースの視線の意味に気がつくのは、この後のことだった。
「オーダー!リブレギュラーとオニオン!」
チン、とテーブルベルを鳴らすと、エースはキッチンに向かって張りのある声でオーダーコールをした。キッチンがそれに応えたのを確認すると、そのまま彼はキッチンスタッフの一人をつかまえて何か話し始めた。そのキッチンスタッフは、エースの言葉に心得たように笑うと、頷いてなにか作業に取り掛かり始めた。
(……? パフェ?でっけー!)
あらかじめ準備されていたらしき器に仕上げを施してスタッフが差しだしたのは、こんもりとバニラアイスが盛られたパフェだった。そのまま受け取ったエースがそれを運ぶのかと思いきや、彼は脇から何か細長いものを取りだして、丁寧な手つきでパフェに突き刺した。なんだろう。細い針金に何かが塗られて固められたようなあれは、そう、まるで花火のような。
(―――あ、)
ルフィがその答えに思い至った時、ちょうど視線に気付いたのか、エースがはたとこちらを向いた。かちりとかみ合った視線に少しだけ目を見張った彼は、しかしそのまま小さく笑いを零し、そして、
唇に人差し指をあてると、悪戯を企む無邪気な子供のように片目を閉じてルフィに笑いかけた。
「―――…、」
とくん、とひとつ心臓が鳴ったのにルフィが気付いた時。――突然、BGMが変わった。
「!?」
激しいドラムとギターのセッション。だがその曲調はPVの激しさに反して明るく楽しげだ。
―――そうまるで、何かを祝うように。
「Ladieeeeeees aaaaand gentlemeeeeeen!! Welcome to the HARD ROCK CAFE EASTBLUE!! 本日は当店にお越しいただき誠にありがとうございます!ご来店のお客様に本日お誕生日の方がいらっしゃいます!皆さまどうぞ手拍子でのご協力をお願い致します!Deaaaaar YUTA!! Happy happy birthday!!」
入口付近のマイクで、さっきまでウソップと話していたはずのリーゼントの店員が賑やかにコールを入れたかと思うと、いつの間にか集まっていた店員が、総出でタンバリンや拍手でBGMを盛りたてる。その中を、火花を散らすパフェをトレイに載せたエースがかきわけて進んで行った先。そこが、先程彼が目線で何かを確かめていた、あの家族連れのテーブルだった。
突然の出来事にただただ驚いていたようだった子供が、エースが運んできたぱちぱちときらめくパフェを見て目を輝かせた。わざとうやうやしくテーブルにパフェを載せると、そのまま誰よりも楽しそうな顔をして、エースが周りに声をかけた。
「せーの!」
ハッピーバースデートゥーユー、と店員総出で歌い出したお決まりの歌と楽しげな笑顔は、そのままじわじわと周りの客に伝染していった。ルフィも、いつの間にか戻ってきていたウソップも、一緒になって歌った。見知らぬたくさんの大人に祝われて当惑していた少年も、両親の嬉しそうな笑顔を見て徐々にその表情を崩していった。見知らぬ誰もが、見知らぬ少年を心から祝った。
じわり、と胸の奥が優しく緩んだのをルフィは感じた。そして、この場にいる誰もがきっと同じ気持ちでいるということも。
ありがとう、と自分を見上げて律儀に礼を言った少年に、同じ目線までしゃがみ込んで頭を撫でてやっているエースの笑顔を見た時、ルフィはまた来よう、とひとり心に決めた。
******
チリンチリン
「――いらっしゃ…、お、ルフィ!」
「よっすサッチ!なあエースは?」
「わははお前な、もうちょっと俺様との会話を楽しめよ!」
「やぁだよサッチの話わけわかんねえんだもん」
「ひっで、あのな、お前はロックの良さをわかってな」
「そーだな!お、エース今日はあっち?カウンターいいか?」
「…ご案内します…。」
早々にご自慢のロック論演説を諦めたサッチの後について、ルフィは店の奥に進んだ。
「お、ルフィよっす!」
「おっす!お疲れボニー!」
「ようルフィ、ちょっと久しぶりじゃねえかよい?」
「そりゃそうだ金ねえもん!この店たけえよマルコ!」
「馬鹿言え、ただでさえボニーとエースを賄ってんのにお前みたいなのにちょくちょく来られたら仕入れが追い付かねえよい」
そう皮肉っぽく笑って言うマルコも、言っている内容とは裏腹にルフィの頭に優しいてのひらをひとつ置いて通り過ぎていく。
それが嬉しくて笑うルフィは、もうこの店のほとんどの従業員とは顔見知りレベルを超えていた。接客を担うホールスタッフはもちろん、いっつもうまい飯ありがとな、とちょくちょく声をかけるルフィに、キッチンスタッフまでが厨房から笑顔で手を振る。
スタッフの誰もが、ルフィが来るのを楽しみにしていた。そして、ルフィが来る日は大体予想がついた。
「エース!」
「――ルフィ!来たか!」
よ、と突き出したてのひらをそのままパチン、とカウンター越しに合わせる。ルフィが来るのは、エースがシフトを入れている週4日、その中でも夜の時間のシフトに組み込まれている日だ。曜日もほぼ決まっている上に、いつのまに交換したのか最近ではメールでのやり取りもしているらしい。
「メニューいるか?ルフィ」
「うんにゃ、ダブルバーガーとフィッシュアンドチップス!あとコーラ!ありがとなサッチ!」
「ほんとよく食うなー、その身体のどこに消えていくんだ」
かしこまりました、と笑って言うと、サッチはそのままメニューを持って背を向けた。その背中を少し眼で追った後、ルフィはカウンターの向こうのエースに向き直った。今日もいつもの制服にトレードマークのハット。違うのはその立ち位置だ。
「今日はバーテンなのか?エース」
「おう、ビスタが今日は休みでな。」
「マルコも時々こっち入ってなかったか?」
「そーなんだけど、おれも最近こっちの練習しててさ。修行がてら実戦てわけ。」
「そっか!いーなーおれも酒飲めたらなー!」
「誕生日5月だっけ?それ過ぎたら奢ってやるよ」
「まじ?やった!」
大学の友達とはこっそり酒を飲んだりもしているが、店に迷惑がかかるのでルフィはここでは飲まない。その頃にはおれも一人前になっとくな、とカウンターに片手をついて言うエースに、約束な、と返してルフィは笑った。
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