※梨香さんのリクで「ピンポンシリーズで、ルフィの声が聞きたいエースがホテルに泊まろうと画策→実行する」話です。
※全2p 後半はR18です。
「…はあー…」
「…」
「……あー…」
「…」
「はぁ――…」
「ッんなんなんだよお前は!」
突然大きい声を出されて振り返る。仕事上がりの飲み屋の個室。視線の先には呆れた顔でこちらを見るマルコとサッチ。おれは唐突なそれに驚いて眼を瞬いた。
「なんだよいきなり。さっきまで二人でくっちゃべってたのに」
「おめぇえに気遣って話しかけないでいてやったんだろーが空気読めねえな!!」
「……何かあったのかよいエース…」
「あぁぁあぁ駄目だマルコその台詞だけはァァァァ!!」
「何二人でじゃれてんだお前ら」
全く悩みもなさそうで良いことだ。おれと違って。
頭の中で呟いただけのつもりだったが、どうやら口に出てしまっていたようだ。隣のサッチから思いっきり頭はたかれた。ってぇな!!
「…で?今度は何なんだよい。またルフィと喧嘩でもしたのかよい」
「フラれたか?ついにフラれたか?あ、浮気がバレた?」
「何で嬉しそうなんだよおめーと一緒にすんなボケ!おれにはルフィだけだ!…いーよ別に。ここで喋るような話題じゃねーし」
そういっておれはしばらく放っておいたままだった徳利を持ち上げてお猪口に注いだ。時間の経ってぬるくなってしまった燗酒は、アルコールが余計に際立ってお世辞にも美味いとは言えない。
「でもどうせルフィのことなんだろ?ここで喋んねえで誰に喋んだよ」
「……それなんだよなァ…。」
「なんだかんだ興味津々じゃねえかよいサッチ」
「まーな。こういう話題は百戦錬磨の俺様しかいねえだろ」
「『百戦連敗』の間違いじゃねえの?」
「真顔で言わないでくれるエース君?傷つくじゃない」
そんなヒドい扱いにも慣れたのか、しな作って流し眼でほざいたサッチに、おれはぞわわ、と鳥肌を立てた。そっちの趣味はねえからな言っとくけど!!
「エース、気持ちはわかるがお猪口は投げるなよい。…まあ力になるとまでは言えねえが、そんなに溜息つくぐらい悩んでちゃせっかくの酒もうまくねえだろうよい」
そんなに溜息ついてたかな、とおれが面くらっているうちに、マルコはさりげなくおれの手からお猪口を奪い取った。これまたさりげなくパネルで燗のお代りを頼んで、次が来るまでの繋ぎのつもりか、漬物の盛り合わせの皿をおれの方に押して寄越す。ホントこいついい男だな、と尊敬すんのはこんな時。
「…で?ルフィがどうかしたのかよい?」
「……いや、ルフィがどう、っつーか…」
「何だ?隠し子が発覚したとか?」
「こええええこと言うなバカ!!おかげさまで順調だよおれたちは!!ただルフィが、」
「「ルフィが?」」
おれはそこでぐっと詰まった。勢いで言ってしまってしまえばよかったものを、内容が内容だけに言いにくい。でもいっそ誰かにぶっちゃけてスッキリしたかったのも事実で、おれは興味津々でこちらに身を乗り出す二人を横目に見ながら、渋々口を開いた。
「……ルフィ、が、…声、我慢すんだ」
「は?なんの?」
「……。」
「…だから、あの時の」
「どの時の?」
ニヤニヤしてやがる。わざとだ。ちくしょうサッチの野郎!
「だからセックスの時!おれんち壁薄いからルフィが気にして声我慢してんの!それが可哀想だしもったいねえからどうにかしてえなっつってんの!!」
どん、と拳をひとつテーブルに叩きつけておれは開き直った。個室だし周りも適度に騒がしいし、どうせ飲みの場の話題なんてこんなもんだ。
「わはは一気にぶちまけたなコイツ!!」
「…責任もって回収しろよいサッチ……」
ニヤニヤから一転爆笑しているサッチに対し、マルコは呆れ顔でそう言った。
「なんだよ贅沢な悩みだなオイ。ホテルにでもなんでも連れこみゃいいじゃん」
「それがやだから悩んでんじゃん。」
「何で」
「……昔散々やらかした場所だから。ルフィは、なんか、そういうのとは切って離したいんだよ」
他にもいろいろ理由はある。そういう『いかにも』みたいなところにルフィを連れていきたくない、とか。そういう場所に慣れ切った自分を見られたくない、とか。
そこまで言って短い沈黙が降りた時、失礼します、と外から声がしてふすまが開き、バイトらしき女の子が追加注文の酒やつまみやらを運んできた。おれが空になったグラスや徳利やらをその子に渡している間、サッチとマルコは黙って視線を交わしたようだった。
失礼しました、と喧騒の中でも良く通る声で言って女の子が去った後、ごくごく自然に会話を繋ぎ戻したのはマルコだった。
「……そういやお前、ルフィほど自分の部屋に入れた奴もいなかった気がするねい」
「あー…うん。部屋の鍵も、渡してある。」
「…え!?マジかよお前が!?『毎日ごはんつくりたいなあ』って言われただけでメール返さなくなるあのエースが!?」
「あのさあ!お前その情報どっから仕入れてくるわけ!?ちゃんと返信はしてたっつの!」
そうなのだ。実はあんなに連れこんだことなんかルフィ以外ではただの一度もない。更に言うなら、あんなにバイクに乗せたこともない。訳をと言われれば、ここまで長く続いたことがないというのと、こんなに時間を作る努力をしてまで会いたいと思ったことがないと言うしかない。訳なんかない。ルフィが唯一なのだ。どうしようもなく。
「…でも現実的に考えて、それが一番ベストじゃねえかよい?すぐに引っ越すわけにもいかねえし、毎回旅行に出る暇も金もねえ訳だし」
「…だから頭いてえんだよ…。」
なるほどねえ、と呟いてマルコはグラスを傾けた。おれはまたひとつ溜息を吐く。解決策なんかないことも、それがベストだってこともわかってる。わかってるから悩むのだ。まあ贅沢な悩みだってことは重々承知してるけど。
「……ルフィに言えよ、それ」
「…簡単にいうけどさあ」
「簡単だよ。そうだろ?お前の心構え次第なんだから。お前がちゃんと、昔の自分がバカだったって認めて、そんでルフィを大事にしてやればいいだけなんだから。簡単じゃねえかエース。だってお前はその両方もうクリアしてんだから。違うか?」
「……。」
本当に何気ないことのようにサッチがさらりといったその内容は、そのさりげなさとは裏腹にえらく的を得ていて、それでいて、おれの背中を力強く押した。
サッチにちょっといい事言われるなんて。いつもだったらぽんぽん出てくる憎まれ口が、今に限って出てこない。そんなおれを見たサッチは、特に頓着することなくにかりと歯を出して笑うと、おれにお猪口を持たせて湯気の立つ燗酒を注いだ。
「あとはうだうだクダ巻いてねえでルフィに面と向かって『思いっきりヤらせて下さい』って言うだけ!以上!!」
「その一言が余計だからお前はうまくいかねえんだよいサッチ」
焼酎を傾けながらのマルコの痛烈なカウンターアタックに撃沈したサッチが、びしりと石のように固まった。それを見ながら耐え切れず吹き出し腹から笑ったおれは、固まったままのサッチのグラスにビールを注いでやった。
*********
「――――はは、お前、泣き過ぎ」
「泣いでねえも゛ん」
「ハイハイそうだな。ホレ顔拭け。――いい映画だったな」
「…ん…。……うあ゛…!」
「あーあーちょっと待てルフィ、あっはっはオイなーく―なー!!」
映画館を出たというのに、感動のあまり思い出し泣きし始めたルフィを、おれは堂々と抱き締めて抱え込んだ。酔うと感情の振り幅が大きくなるこいつは今は涙腺に来ているのだろう。都会のど真ん中、金曜日のこの時間。おれも酒が入って気が大きくなってたってのもあるけど、周りが酔っ払いで溢れかえっているし、これだけ人がいれば通りすぎていく人波は文字通りただの波。たった一瞬のものだ。酔っ払いがじゃれているようにしか見えないだろうし、だれも気にしやしない。
レイトショーで見た映画はおれもルフィもずっと見たいと言い続けていたやつで、前評判通り、胸ん中がじんわりあったかくなるような、いい映画だった。正直言っておれもちょっと涙腺直撃されたけど、おそらく自分の涙で画面がちゃんと見えていたどうかすら怪しいこいつにバレる心配はないはずだ。
赤くなって潤んだ目元が恥ずかしいのか、未だおれの肩から顔を上げないルフィを片腕に抱えたまま、おれは青になった信号を渡った。もちろん通り過ぎる人にルフィがぶつかったりしないように、自分の身体にぴたりと引き寄せて歩く。そのまま、オフィスビルの立ち並ぶ人通りの少ない裏通りに潜り込んだ。
建物の陰に背中を預けて、ルフィを抱き締める。肩のあたりのルフィの顔を覗きこんで、微かに熱を持ったやわらかいまぶたにキスを落とす。
都会の喧騒は冷たいコンクリートの壁の裏。眼を灼くネオンはしんと沈む夜の向こう。ここにはおれとルフィだけ。ふたりだけ。
まだ喉で低く笑っているおれに意地を張る気も失せたのか、ルフィもその密な睫毛に涙の小さな雫をのっけたまま、少し照れくさそうにしし、と笑った。控えめに灯る街灯の光をきらきら反射するその様は、世界でただ一人、おれだけに許された贅沢だと本気で思う。
やっと顔を上げたルフィが、潤んだ目で久しぶりにまっすぐこっちを見てくれたのが嬉しくて、おれはそのすんなりした耳から首裏の辺りを手のひらでつかまえて口付けた。唇を唇で食んで、ほんのかすかな水音を立てて吸い付いて。今はなんとなく、穏やかにやさしくキスしてあげたかった。きっとルフィもそれを望んでる、そんな確信があったからだ。そうして最後に少し長く唇を合わせて、一度離れる。唇の先が触れ合う距離で、問いかけた。
「…――ルフィ、今日どうする…?」
「…。」
「帰るか?」
無言のまま、鎖骨の辺りに前髪がふるふると擦りつけられる。かえりたくない、と零れた声は本当に小さかったけれど、背中に回された腕と、ジャケットを握り締める拳の感触が、それが嘘じゃないことを声高に物語っていた。それに応えるように、腕の中にルフィをすっぽり包み込み、じわじわと力を込めた。ルフィの髪のにおいを嗅ぎながら、おれは口を開いた。
「あ―――、あのさ、ルフィ、…今日、」
「……?――あ、だめか?ごめん、おれ、」
「ああああ違う待て待てゴメン駄目とかじゃなくて、」
ぱっと弾かれたように顔を上げて、腕の中から今にも逃げ出しそうな雰囲気で言ったルフィを慌てて囲い直す。怪訝そうにおれを見上げるルフィの、微かに不安が差してしまった艶やかな瞳を見つめて、おれはひとつ意識して呼吸して腹を据えた。
こつ、と額を合わせて口を開く。
「…ゴメン、ハッキリ言うわ。――今日、ホテルじゃ駄目か?」
「―――…!」
音もなく見開かれた眼と、じわじわ赤みを増して行く頬が、おれの意図が正確に伝わったことをこれ以上なく明確に教えてくれた。
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